桜吹雪が舞う夜に



大学を出たあと、夜風に当たりながら歩いていた。
街のざわめきはいつもと変わらないのに、胸の中だけが妙に静かで、寒かった。

ポケットの中でスマホを握りしめる。
連絡先の画面を開けば、そこに「御崎日向」の名前がある。
指先が触れた瞬間、今にも通話ボタンを押しそうになる。

「……だめ」
小さく首を振った。

ーー水瀬先生の言葉が、まだ耳に残っている。
「セックスなんて自然な営み」
その軽やかな声と、日向さんが真剣に「責任だ」と言ってくれた時の声音が、頭の中でせめぎ合う。

心細い。今すぐにでも「会いたい」って言いたい。
でもそんな弱さをぶつけたら、きっと彼はまた無理をしてでも駆けつけてしまう。
「守られる」ことに甘えるだけじゃなくて、自分も彼を支えられる人間になりたいのに。

だから、できない。
通話ボタンに置きかけた指を、ぎゅっと握り込んで、画面を閉じた。

胸の奥にぽっかりとした空洞を抱えたまま、私は一人、足を速めた。