桜吹雪が舞う夜に

大学の寮の前。
立ち止まった桜が、小さく頭を下げた。

「今日は……ありがとうございました。ほんと、楽しかったです」

「俺も。久しぶりに音楽に浸れた」
日向は軽く微笑みながら答える。

けれど胸の奥では、まだ触れた手の感覚が消えていなかった。
言葉にすれば簡単に零れ落ちてしまうようで、黙り込んでしまう。

「じゃあ……また」
桜が少しだけ、未練を含んだ声で言った。

「……あぁ。おやすみ」

振り返る背中を見送りながら、心の中で何度も同じ言葉が繰り返される。
ーーまた。
ただそれだけなのに、どうしようもなく胸を締め付けた。