「それからー青い飲み物は特に注意だな」
朔弥が真顔で言うと、桜は不安そうにグラスを握り直した。
「ブルーキュラソーのカクテルなんかは定番で、見た目が鮮やかだから若い子ほど頼みやすい。でも、そのぶん薬を混ぜられても気づきにくい」
「……薬って……」
桜が小さく呟く。
「まぁ、詳しいことは日向の方が知ってるだろ。な、せんせ」
朔弥は軽く肩をすくめて、わざとらしく俺に会話のバトンを渡す。
視線を向けられ、俺はゆっくりと息を吐いた。
「……GHBとかベンゾ系。いわゆるレイプドラッグだ」
桜の肩がびくりと震える。俺は続けた。
「無味無臭に近い。入れられたら気づけないし、混ざっててもアルコールの匂いに紛れて分からない。数十分で判断力も記憶も奪われる」
桜は唇を結び、怯えたように目を伏せた。
俺は少し声を落とす。
「だから必ず、自分で見てないところで出されたグラスは飲まない。席を立ったあとの飲みかけも、絶対に口をつけるな」
「……はい」
小さく頷いた彼女の声は震えていた。俺はそっと彼女の手に触れ、わずかに力を込める。
「怖がらせたいわけじゃない。ただ、知っておかないと守れないから言ってる。俺も……君がそんな目に遭うなんて、絶対に許さない」
その言葉に、桜は顔を上げ、弱々しくも確かな瞳でこちらを見返した。
「……分かりました。絶対に気をつけます」
胸の奥に苛立ちと安堵が同時に渦巻く。
ーー彼女を危険に晒すくらいなら、最初から一歩も外に出したくない。
だがそれを飲み込んで、俺はただ小さく頷いた。


