牧師の息子のエリート医師は、歳下医学生に理性が効かないほど夢中です。(旧題:桜吹雪が舞う夜に)



「……ねぇ、日向さん」
涙を拭ったあと、桜が少しだけ笑った。
その表情に、胸がじんと熱くなる。

「理緒がいたから……私、医学部を目指そうって思えたんです」

その言葉を聞いた瞬間、心臓を掴まれるような感覚が走った。
彼女の口から「理緒がいたから」と聞くと、どうしても胸の奥で疼くものがある。

桜は続ける。
「ずっと病気と向き合う理緒のそばで、“助けたい”って思った。……でもそれだけじゃない。理緒がいたから、中学も高校も楽しくて。大切な人に全力で向き合うってどういうことか、教えてくれたんです」

俺はただ、黙って聞いていた。
彼女の声は震えていたが、そこにあったのは弱さじゃない。理緒と過ごした日々を糧にして、前を見ようとする強さだった。

「……俺も、そうだ」
気づけば、低い声が零れていた。
「理緒と出会って、俺は“医師”としての在り方を、痛いほど突きつけられた。どんなに努力しても、救えない命はある。……でも、それでも、必死に寄り添わなきゃいけないって」

声に出した瞬間、胸が熱くなった。
過去を振り返ることは、いつも苦痛だったはずなのに、今は違った。桜が隣にいるからかもしれない。

「理緒がいなかったら、今の俺はいない。……彼女は俺を作ったんだ」

言葉が自分の中で重く響く。
それは誇りでもあり、消えない痛みでもあった。

桜の瞳が潤み、強く揺れる。
「……私もです。理緒がいたから、私もここにいる」

沈黙が落ちた。だが、それは重苦しいものではなかった。
静かに、互いの胸の奥で同じ痛みを共有し、その痛みが「確かな絆」に変わっていくのを感じていた。

桜が小さく息をつき、囁くように言う。
「……理緒が残してくれたものを、大切に生きたいです」

俺はそっと目を閉じ、深く頷いた。
「……あぁ。俺たちにできるのは、それしかないからな」

気づけば、胸の奥にある理緒への想いが、少しだけ優しい温もりに変わっていた。
それは失った痛みの中に確かに芽生えた、彼女が遺してくれた最後の贈り物だった。