「……日向さんも、寂しかったんですね」
桜の震える声が耳に落ちた瞬間、胸の奥が鋭く刺されたように痛んだ。
返す言葉が見つからず、ただ短く頷く。
それだけで、自分の弱さも、傷も、隠せなくなっている気がした。
(……俺も、ずっと寂しかった)
理緒を失ったあの日から、心に空いた穴は何年経っても塞がらない。
医師として冷静でいようと努めてきたのに、こうして一人の人間として彼女に見透かされてしまう。
沈黙が流れた。時計の針の音がやけに大きく響く。
同じ少女の姿を、それぞれの胸に思い浮かべているのが分かった。
ーー笑顔で本を抱えていた姿。
ーー息を切らして苦しんでいた姿。
記憶は痛みと一緒に蘇り、喉を締めつけた。
「……私、理緒がいなくなってからずっと……何か置き去りにされたような気がしてました。笑ってても、ふとした瞬間に寂しさがぶり返して……」
桜の言葉に、胸が揺さぶられる。
「……分かる」
低く漏らす自分の声は、思った以上に重かった。
「俺もだ。理緒のことを思い出さない日は、今でもない」
その瞬間、桜の目に涙がにじむのを見て、心臓が掴まれたように痛む。
(……同じだ。俺と同じ痛みを、この子も背負ってきたんだ)
やがて、桜が小さく囁いた。
「……じゃあ、今夜だけは……一緒に、理緒のこと思い出してもいいですか」
驚いて顔を上げる。
彼女の瞳には、不安と、寄り添いたいという切実な想いが入り混じっていた。
一瞬、言葉を失ったが、ゆっくりと頷いた。
「……あぁ」
灯りの落ちた部屋に、二人の呼吸が静かに重なった。
過去に置き去りにされた痛みと、そこから生まれる温かさが、ようやく同じ場所で寄り添った気がした。



