やがて礼拝堂を出ると、午後の陽射しがガラス越しにやわらかく差し込んでいた。
人の流れから少し離れた廊下を歩きながら、わたしは思い切るように口を開いた。
「……正直、少し難しかったです」
頬をかきながら、照れくさくも笑う。
「罪とか赦しとか……。今日のお話って、どういう意味だったんですか?」
日向さんは一度立ち止まり、目を伏せて考え込む。
それからゆっくりと顔を上げ、落ち着いた声で答えた。
「……父さんが言いたかったのは、“誰も完璧じゃない”ってことだよ」
その言葉は不思議なくらい澄んでいて、長い年月の中で深く染み込んだ確信みたいに聞こえた。
「人は弱いし、必ず間違える。だけど、その弱さや欠点を抱えたままでも、生きていいし、愛されていい……。そういう意味だ」
「……愛されていい、ですか」
わたしはその言葉を繰り返し、胸の奥が小さく震えるのを感じた。
「赦すっていうのもね」
彼は歩き出しながら、静かに言葉を継ぐ。
「誰かの過ちを軽くするためじゃなくて、自分自身が前に進むためのものなんだ。……父さんは、ずっとそう言ってた」
「……なるほど」
気づけば、わたしは彼の横顔をじっと見つめていた。
ただの説明に聞こえるかもしれない。
でも、彼の表情には長い時間をかけて積み重ねられた価値観が透けて見えた。
この人が何を支えに、どう生きてきたのかが、ほんの少しだけわかった気がした。
「……日向さんは、ちゃんと理解してるんですね」
自然と声が震える。
彼はわずかに肩をすくめて、照れ隠しのように笑った。
「子供の頃から毎週聞かされてたからな。……半分は刷り込みみたいなもんだよ」
そう言いながらも、その目の奥にある揺るがなさは隠せていない。
わたしは静かに頷いた。
ーーこの人の根っこには、確かに信じているものがある。
どれだけ手を伸ばしても届かないほどに、深く。
その事実が、なぜだか少し苦しくて、そして誇らしかった。


