椎名さんが、自分の席を黒板で確認し、
花には目もくれず横を通り過ぎて
自分の席につこうとする。
その一瞬、春の空気と教室のざわめきが混じる中で、
椎名さんの髪からふわりと甘い
シャンプーの香りが漂う。
憧れの香り。遠くにあって届かない香り。
教室の明るさとざわめきがいっそう強くなる。
「マリアちゃん、おはー!」
「また隣でマジうれしい!」
――人気者の椎名さんには、
次々と明るい声が投げかけられる。
椎名さんは首を傾けながら柔らかく微笑む。
その「おはよう」の一言で、
教室の光まで少し美しくなったような気がした。
花は自分の世界だけが色を失っているような気分で
静かに下を向く。
