「お母さん……?」

「ばぁちゃん……?」

「お父さん……?」



必死に声を張り上げても、返事はない。

闇と瓦礫と夜が、私の声を吸い込んでいく。


ついさっきまで眠っていたはずなのに。


_____バンッッッッッッッッッ!!!!!


突き上げる衝撃と同時に天井が砕け、木材と瓦礫に押し潰されかけた。

必死に体をよじり、隙間から這い出す。

灯りはなく、見えるのは影の揺らめきと粉塵。



震える喉で叫ぶ。

「……どこ!? 返事してっ……!」

だが応答はない。



次の瞬間、島中のスピーカーが耳を裂くほどの轟音を吐き出した。


「ウゥーーッ! ウゥーーッ!」


サイレンと共に無機質な声が繰り返す。



――「大地震です。大地震です。」
  
「大津波警報――海岸から離れてください」



不気味なサイレン音は海の波のように島中を覆う。

胸が詰まり、吐き気がこみ上げる。



このままじゃ、ここで死ぬ。



私は直感的に感じた。



家の裏手の『見晴らしの丘』を思い出した。
小さな祠と赤い鳥居。


子供のころ、ばぁちゃんに

「島を守る神様が住んでるんだよ」

と教えてもらった場所。



そこへ行けば、きっと――。



裸足のまま、月明かりを頼りに駆け出す。



3人は先に抜け出して、無事なはず。
絶対に大丈夫。



___私はそう信じたかった。


丘に差しかかったとき。



「……だれか……いるかい?」


弱々しいけれど、耳が覚えている声が背後から聞こえた。



___ばぁちゃん!!



反射的に振り返ると、
暗くて顔はハッキリ見えないが、
ばぁちゃんらしいシルエットがボヤッと見えた。

崩れた家々の方から、右脚を引きずりながら丘の方に向けゆっくりと向かってきている。


「ばぁちゃん?!花だよ!!こっちにいるよ!!」


私は震える声を喉でおさえ、叫びあげた。


「はな!!はなちゃん!!無事なのかい!?」


下からこだまのように、先程とはうって変わってハッキリとした、力強く、それでも優しいばぁちゃんの声が返ってきた。

私は走り出す。大好きなばぁちゃんの元に。身体が勝手に動き出した。


途中、何か鋭いものを踏みつけ足の裏が裂けるように痛んだ。
それでも止まれない。


「ばぁちゃん!!!!」


ハッキリとばぁちゃんの顔が見えた!!
あと、もう少し。



その時、

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!



地面が裂けるような、海が吠えるような、
世界を叩き割る轟音。

おばあちゃんの背後に、黒い水の壁が迫っていた。


「逃げて! ばぁちゃん!!」


声を上げたのも束の間、本能が私の体を丘の上へ突き動かす。



振り返ったときには、もうすべて飲み込まれていた。



町も、家も、友達も、先生も。

そして、愛しいばぁちゃんの姿さえも。



黒い悪魔のような波が、一瞬で奪い去った。



「はっ……はっ……なに、これ……」



喉が空気を掴めず、笑うように息が漏れる。

恐怖か、絶望か、それすら分からなかった。


やがて海岸の方から炎が立ち上がった。


うねる波の残骸に火が燃え移り、風に煽られ、島全体へ広がっていく。

炎と黒煙。焦げる匂い。火の粉が夜空に舞う。



「……島が、燃えてる」



ほんの数時間前までは、静かで美しい夜だったのに。

私の故郷は、跡形もなくのみ込まれていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜




___生き延びたことが私の罪なら、この孤独は罰なのかもしれない。





私の名前は 名無しさん。



私の宿罪はこの日から始まったの。