水曜日の夜。
自宅で私はひとり、ノートパソコンの前にいた。
ノートパソコンに向かう時間が増えた。
普段の私は一日60分ほどノートパソコンに向かい、文章を書く。
しかし、高田くんに、
「できあがった小説を見せる」
と約束してから状況が変わった。
仕事が終わり、帰宅してから入浴をし、食事を終えるとすぐにノートパソコンの前に陣取った。
あいだに休憩を挟むとはいえ、2時間以上もノートパソコンに向かっていた。
キーボードを叩き、ディスプレイに文字を浮かばせる。
時折、読み返してはバックスペースキーを押して文字を消す。
消しては書き、書いては消す。
少しずつ、ディスプレイを文字が埋めていく。
文字は列になり文章になる。
文章は束になり小説をかたち作る。
(高田くんが私の小説を読んでくれる)
そう思うと早く小説を完結させたい気持ちになった。
小説の内容が佳境になる。
小説を書く際、私は大まかな流れを考えるだけで細かいプロットは組み立てない。
細かいプロットを組んだほうが効率はいいのだろう。
しかし、プロットを組んでしまうとそれに縛られて、その時の勢いで書いた文章が駄目になってしまう気がした。
多分、私はプロにはなれない。
プロの作家は小説のラストまで考えて物語を組み立てる。
私はそれをしない。
できないからだ。
でも私はプロではないのだから、それでいいとも思っている。
あくまで趣味で書く小説なのだから、「こういう内容のものをいつまでに終わらせなくてはいけない」と考えなくてよい。
(でも、今回は高田くんという他人に見せるんだ。せめて文章の意味が通るようにしなくては)
山場になった小説は主人公の女の子のひとり語りが多くなる。
思いを寄せる男性に対して、主人公が気持ちを吐露するのだ。
――
「いつからかあなたを好きになったの。はじめは意識してなかった。でも、あなたの優しい微笑みや優しい言葉を聞くと心が温かくなるの」
「僕はそんな魅力的な男じゃないよ」
「あなたはとても魅力的よ。少なくとも私にとっては充分すぎるほど魅力的な男性」
「僕では不釣り合いだ」
「何を言ってるの! 私にはあなたしかいないの。もうずっとあなたのことばかり考えている。笑って、夢の中でもあなたに会うの」
「笑わないさ。光栄だよ」
「ねぇ、お願い。私のたったひとつのお願い。私と一緒になって」
「無理だよ。きみは貴族。僕は平民。身分が違う」
「身分なんて関係ない! 私、お父様にお願いしてみる。あなたとの結婚を許して、と」
「そんなことをすればきみはお父様との縁を切られるかもしれないぞ」
「その時は、その時。もしお父様が縁を切ると言ったら、私はあなたのもとへ逃げてくる」
「きみは……。それだけ本気だということだね」
「そう。私は本気。あなたを愛してる。あなただけを愛してる」
――
不思議な現象が起こる。
カギ括弧をつけて主人公にしゃべらせているセリフが、私自身が話している気持ちになる。
創作の主人公の気持ちと書き手の私自身の気持ちが重なってしまう。
高田くんの顔が浮かぶ。
(なぜだ。なぜ高田くんの顔が浮かぶんだ。この小説を読む読者だからか?)
スマホが鳴った。
私はディスプレイから視線を外すと、スマホを手にした。
LINEの新着メッセージがあることが待ち受けに表示されている。
メッセージは高田くんからだった。
胸がなぜか高鳴る。
〈こんばんは!夜にすみません。その後、小説を書くのははかどってますか?〉
〈こんばんは。今、必死になって書いてるところ。今週末には完成させるつもりだから待ってて〉
〈本当ですか!じゃあ、今週の金曜日、仕事が終わってから喫茶アオイで落ち合いませんか?〉
〈了解〉
〈楽しみにしてますね。おやすみなさい〉
〈おやすみなさい〉
高田くんはメッセージの最後にかわいい犬のスタンプを送ってきた。
(高田くん、犬が好きなのかな?)
そう思った時、ハッとした。
(しまった! 会話の流れで今週末に小説を見せることにしてしまった!)
私はカレンダーを見た。
(今日が水曜日だから、あと一日しか書く日がない! 急いで完成させないと)
スマホを手放すと、私は再びノートパソコンにかじりついた。
キーボードを叩く手が早くなっていた。



