最近の女房はいつも同じ時間に帰ってくる。
鼻先の匂いを嗅いでも、うまそうな料理の匂いも、男の匂いも、しなくなっていた。
雨の日の朝、女房はいつになく寝坊している。
目がはれている。
窓に打ちつける雨粒が、するすると流れていく。
まるで、女房の心の迷いのように……。
心配して顔を覗き込むが、持ち上げられて膝からどかされる。
どうやら今日は遊んでくれそうにない。
仕方なく、我はひとりで時を潰すことにした。
それでも朝のミルクは用意されていた。
我はそっと寝所から出ると、皿のミルクを飲みほした。
女房は何か疲れたかのようにぼうっとしている。
傍らにはスマホがあり、何度も鐘の音がするが、お構いなし。
つまらないから窓の外を見て、大きな白い鳥が飛んでくるのを待っていた。
キンキンゴウゴウとやたらにぎやかだが、あの大きな翼に乗ってみたいと憧れるのであった。
外出たい 窓辺に座る 耳元に 優しい雨の ひそひそ話
大人げない態度で、佐々木君を傷つけてしまった。
優しい彼はいつも何でも話を聞いてくれているけれど、自分のことはあまり話さなかった。
これから二人はどうしていきたいのか、佐々木君にはまだそんなことは考えられないようで、結局は私が一人で焦っていた。
もう若くはないのよね、私。
それでも佐々木君が男性としてもっとこう、自分のことを求めてくれるかと思っていたし、ちょっとは期待したかな。
わかるのよ、今は大事な時期で、出世コースに抜擢されたプレッシャーとかそういうために実力をつけたいと時間を割いているとか。
でもね、そう言えばいいのに、
「大丈夫だよ。」
それしか言わない。
心配かけまいとそういってくれるのはやさしいけど、残酷なのよ。
だってそこには私がいないじゃない。
私だってあなたのことを心配していたのに。
好きだったから……なのかな?
「私はあなたの何なの?」
そう聞いたら困った顔をして黙っていたから、それきりにして帰ってきちゃった。
「ごめんね。」
謝って欲しいんじゃないの。
ただ、私がどんな気持ちでいるのか、少しでもわかってほしい。
全部ひとりで何でもやって、一人で決めて、私に迷惑かけたり心配させたくないって。
それじゃあ私なんてあなたのお荷物でしかないのよ。
お願いだから……謝らないで。
雨だれの 調べにひとり 枕抱く 優しいキミは 見てみないふり
どうやら女房は一晩悩んであまり寝ていないらしい。
枕を抱いたまま寝落ちしているようである。
恋とはいつも後悔と希望の狭間を行き来するものだ。
思い描いたようにすべてがうまくいって結ばれたものなどいないのである。
女房もそんな苦難に直面しているのであろう。
悩まぬ恋などないが、悩みに取りつかれると機会を逸するのである。
残念ながら、恋愛というものは、いつも見通しが悪いものである。
「ふぅっ」
私は深呼吸して起き上がり、キミの姿を探したよ。
昨日からあまり相手にしてあげられなかったから、きっと拗ねているんだろうねって。
そうしたらキミってば私に背を向けてさみしそうに窓の外を眺めているから、なんか悪いことしちゃったかなって思ったよ。
「ねぇ、キミ。こっちおいでよ。」
私のそばまで来て見上げながら、
「にゃぁ」と返事をしてくれるから、思わず抱きしめちゃった。
「そう、今の私にはキミがいるのだ。
いつも話を聞いてくれて……ありがとう、ね。」
恋人に なりそこねたの オトモダチ キミならいつも そばにいるのに
女房よ……恋のから騒ぎは過ぎたのだな。
静かに終焉を迎える恋とは、何とも切ないものである。
まぁ、我は気づいていたのであるが……。
我は女房のそばにいると決めた。
恋人ではなく、ただのオトモダチ。
しかしオトモダチだからこそ、佐々木氏に猫パンチで喝をくれてやるのだ。



