猫のキミと暮らせば


 このところ女房の帰りが遅いことや、妙に人目を気にする様子が見えて、我は楽しかった。
 鏡を見ながらぶつぶつと化粧している姿や、プリンを食べながら思い出し笑いをしている姿など、以前の女房には見られなかったことだ。

 よい傾向である。

 おいしいにおいを漂わせて来ることもあり、どうやら逢瀬はうまくいっているのかと思う。

 「また少しふっくらしたのかしら?」

 ……我は、日に日に大きくなる女房の腹を見て、安心しているのである。
 これはきっと、男から与えられた豊かな贈り物のおかげであろう。
 まことに喜ばしき成長なのであろう。

 男が通う女房ともなれば、生活は潤い、身なりもまた、自然と豊かになるものだ。
 才あるうちの女房ほどの身分であれば、贈り物もまた、それ相応の品であろう。

 まあ、このような広き屋敷に一人住まいしている時点で、それなりのご身分には違いあるまい。
 体がふっくらとするのは、裕福さの証。
 何とも、めでたきことではないか。

 そのまるみを帯びた顔立ちは、なかなかに愛嬌がある。
 よく声をかけられるのも、さもありなん。

 それこそ、『女が上がる』というものである。


 休みの日に呼び出されてデートに出かけているけど、佐々木君は忙しいからと途中で帰ってしまった。

 「今、時間ができたから、あなたに会いたい。」

 けど、今日は夕方から人と会う約束があって、ゆっくりとは付き合ってあげられないという。

 あれ、ちょっと待って、会いたいから呼び出して話をするんだよね?
 でも佐々木君は忙しいんだよね。
 だったら時間をとればいいのに。

 そりゃおいしいご飯食べながら話をするのは楽しいけど、あなた好みにかわいく支度して、いそいそと出かけてきて、まるで義務的なお付き合いみたいで、心が冷めていく。

 タイマー付きデートって、なんだろうね。

 「また今度埋め合わせはするから……。」
 
 これじゃ二人の将来のこととか、話ができないよね。
 あなたの上昇志向は立派だけど、そこに私は要るのかな。
 
 「ねぇキミ、ちょっと聞いてよ!」


 外出したはずの女房が、日暮れ前に戻ってきた。
 手にはビールと燻製肉、そしてプリン。
 我のご飯も買ってあった。

 今日は寝所にはいかず、ソファーの前に座り、一度両手を挙げて伸びをしてから、テーブルに出したビールをプシュっと開ける。

 「あ~っ!もう無理!
 やってらんない!」

 いつにもましてご機嫌斜めである。
 女房は今まであった佐々木氏なる若い男のことを勢いよく話し、時々我を持ち上げて、

 「ねぇキミ、どう思うよ、あの男は?」

 などと聞いてくる。

 あぁ、「勲章の男」と「褒美の女」だな。
 我が皇子であった時には恋の相談も多かったので、そんな話を見聞きしたことがある。

 とにかく男は功を上げようと頑張るのだが、女の一人もいない甲斐性なしとは思われたくない。
 
 そこで、自らに羨望のまなざしを向ける女の相手を適当にして、仕事で忙しいという。
 頑張っているのだからと、聞き分けの良い女はそれで満足するが、女の心は求めるものが尽きないのである。
 少し渡りが少ないと不平を言えば、それきりにして別の女に声をかけるのだ。
 
 そう、その女が欲しいのではなく、女がそばにいるという褒美が欲しいのである。

 我が皇子であった頃も、男の中にはこういう者がいた。

 彼らはまるで戦場のごとく、次々と戦功を立てようとするが、一度旗を揚げると、次の戦場を探し始めるのだ。
 
 だから誠実に向き合うどころか、忙しい自分が「会ってあげている」と勘違いをする。 

 この女房は、つまらん男に振り回されていたのだな。
 早く気付いてほしいものである。

 彼だけが 男じゃないと わかってる 汲み進む酒 涼しげなキミ

 「あっもう、わけわかんない。
 私が欲しいんじゃないの?」
 
 我が皇子であった頃ならば、見事な助言を授けたものだが、今はただ上目遣いで、女房の顔色をうかがうしかない。

 「わかるねぇ、キミ。
 だんだん自分が何をやっているんだろうって思ってさ。」

 なかなかいい感じである。
 ここでもう一押し、我はスマホを持つ手にしがみついた。
 そんなものを気にしないで我と遊んでくれと。
 
 女房はスマホの画面を見つめ、ため息をついた。
 我はそんな女房の膝に飛び乗り、じっと見上げた。

 膝の上 既読スルーを 覗き見て 我ここにあり 手を抱きしめる

 今日の報酬は芳ばしい香りの牛タンスモーク。
 そう言えば昔は小夜とクロとも、こうして菓子を味わったものだ。

 おっと、それどころではない。
 女房は夢のある道から逸れてしまいそうなのだ。
 まぁ、才ある女房には、遊び人の男はふさわしくないのであろうか。

 まだ女の顔にはなっていないようである。