我らのデイサービス勤務は続いているが、報酬が余り気味になってきているそうだ。
飼い主への謝礼という形で予算を組んでいるので、会社としては金で支払うことに問題はないそうだ。
そこで、我らの新居を充実させるべく、新たな寝所とキャットタワーなるものが購入されることとなった。
修氏はそれを伝えると、
「なんだか新居を構える新婚さんみたいだね。
猫君様に先を越されたみたいだよ。」
「ふふっ、そうね。
いっそのこと結婚式も上げてみようか?」
「いいね、猫君と小夜ちゃんは職場恋愛だから、デイサービスでやろうか、ちょうどバレンタインデーの企画もあるし。」
「バレンタインデーの企画って? お年寄りが?」
「そうなんだよ、いまいちイメージがわかなくてさ、でもちょうどいいネタがあって、助かったよ。」
「ねぇ、それならサムおじさんに『神父さま』を頼もうよ。」
まったく我らをネタに楽しんでいるのだ。
修氏も策士だが、そこに有能な女房が加わると、こうもロクなことにはならないのだ。
それにしても結婚式であるか。
我も小夜との婚姻の議を全く考えなかったわけでもないが、我もまた修氏と同じように、小夜には言えなかったのだ。
「ねぇ、お母さん、サムおじさんって14日は空いているかなぁ。」
「多分大丈夫だと思うけどね、どうしたの?」
「デイサービスでね、猫君様と小夜ちゃんの結婚式を挙げるのよ。
そこに神父さんがいるといいなって。」
「ははっ、それは面白いわね。
きっと喜んでくるわよ。
あの人そういうの、大好きだから。」
「そうね、クリスマス会でも楽しそうだったし。」
「お義母様、お願いできますか?」
「ええ、いいわよ。」
しばらくして、にぎやかなバイクの音が響いた。
「あれ、今呼んだの?」
「いいえ、打ち合わせするって押しかけたのよ。」
「ふふっ、ハンティングかなぁ?」
女房がいたずらっぽく笑うと、
「馬鹿ね。」と母様が照れ笑いをしていた!
これは何かありそうだ。
「マリィ、お元気ですか?」
サム氏が、ハグとともにキスをした。
母様もまんざらでもないようだった。
これは乙女道へ確定であるな。
恋は人を若返らせるとは、このことを言うのである。
かつては御息所も、恋こそが若さを保つ秘訣と言っていたほどであるからな。
「ナイストゥミーチュウ、オサム。元気ですか?」
「ええ、貴方もお元気そうで、何よりです。
今日はバレンタインデーのイベントのお手伝いをお願いします。」
「OK、14日は特別な日、マリィとデートなんだよ。
昼間は『ちょうど』空いているから、コドモタチの話を聞いてあげるよ。」
そこで、修氏はバレンタインデーの企画について話をすると、
「ホワィ? チョコレート?
女性に愛と感謝を伝えるのに、女性から?」
それには修氏も困惑していた。
「オサム、いつも変なことを言う。
バレンタインは聖人の話。
日本にはその話はないね。」
そこで女房が助け舟を出した。
「クリスマスと同じように、日本に間違った形で伝わっているのよ。
クリスマスにターキーではなくて、フライドチキンが売れるようにね。」
「ミステリアス、ジャパン!
これもミステイクね。」
サム氏は大声で笑いだした。
どうにも我にはこの御仁の「ツボ」がわからなかった。
結局、今日のところは午後2時に神父の格好をしてデイサービスに来ることをお願いして、打ち合わせは終わった。
そのあと母様は、いそいそと出かけて行った。
「グッドラック」と修氏が言うと、女房も一緒に笑っていた。
そして14日の午後、デイサービスでは我らの結婚式が行われることとなった。
いつもお食堂には、整然と椅子が並べられ、中央には足ふきマットで作ったバージンロードができていた。
その先には演台を配置し、背後に白い十字架を配置してあった。
本当にそこだけ見れば、まるで教会のようであった。
年寄りたちが見届け人となり、それぞれ席についた。
「さあ、猫君様、こちらへ。」
我が案内されたのは、風呂場の更衣室だった。
そこで我は首輪をつけた。
「かっこいいですよ。」と女官が言った。
首輪には黒い蝶ネクタイがついていた。
振り返って小夜を見ると、首輪には赤いハートがついていた。
それだけでも十分に小夜はかわいかった。
厳かな雰囲気の中、我らの式は始まった。
我は演台の前に座り、サム氏が神父の格好をして待っていた。
「それでは皆様、花嫁の登場です。」
静かな音楽に、笛の音が響く。
サム氏は、「アベマリア~♪」と口ずさんでいた。
扉が開き、奥からおしんさんに連れられて、小夜がゆっくり歩いてきた。
おしんさんは我に一礼し、一番前の席に座った。
「ここに、新たに命の絆を結び、夫婦としてともに歩まんとするものがあります。
神に永遠の愛を誓い、その行く道に幸あらんことを願います。
神よ、二人に祝福を、アーメン」
「アーメン」と女官たちが一斉に祈りをささげた。
そこで修氏が、カリカリを二つ、我らの真ん中に出して、食べるように言った。
なるほど、ちょうどそこで鼻先がぶつかるのだな。
などと思案しているうちに、小夜が我の鼻先を「ぺろり」とした。
小夜にはわかっていたのだろうか、これが夫婦となる誓いの儀式だということを。
この時、会場からは拍手が起きた。
おしんさんの目には涙がこぼれていた。
まるで愛娘を嫁がせたかのように……。
それから我らは紙吹雪が舞うバージンロードを歩いたのだが、宙を舞う紙吹雪を捕まえたいという衝動が走った。
思わずとびかかってしまった。
しかし小夜は……嬉しそうに飛びついているのであった。
これには年寄りたちも大笑いだった。
その夜母様は出かけていた。
女房と、修氏はチョコレートを互いに交換して、夕食を楽しんでいた。
我らにも、猫缶とカリカリが気前よく振舞われた。
我らの結婚式の様子を撮影した動画を見て、女房は大笑いであった。
「楽しそうだね、皆さんに喜んでもらえてよかったよ。」
「そうだね、特におしんさんは感激していたみたい。」
「ほら、ここ。小夜ちゃんからキスしていない?」
「僕もそう思ったんだよね。
猫君様って、案外奥手だったりしてね。」
……ほっといてほしいものである。
こうして我には、かわいい小夜とともに祈り、願った生活がここにある。
ようやくあの夜に誓った約束が果たされ、添い遂げようとしている。
我らは、ただ好きだから一緒にいる。
それだけで十分なのだ。
つくづく猫に生まれてよかったと思っている。



