猫のキミと暮らせば


 「ただいま」とばあばが帰ってきた。

 あたしはこの家で暮らして一年。
 もともと違う家にいたんだけど、娘さんが「一人じゃ寂しいから」って、あたしをここに連れてきた。

 ばあばは、あたしを見るといつも優しく背中を撫でてくれて、たくさんお話してくれる。

 「ばあばにはなぁ、年上のじい様がいたんじゃよ。
 ほんとに男前でな……」

 ――その話は、もう何度も聞いた。
 でも今日は、ちょっと違った。

 「ある日、動物園に行こうって言い出してなぁ……」

 ばあばの声が少しだけ震えた気がして、あたしはそっと膝の上に乗った。

 「初めはどういう風の吹き回しかと思ったんじゃが、動物たちを眺めて語りだしたんじゃ。」

 このお話は、初めてのことなの。
 だからあたしはばあばの膝に乗って、ゆっくりと背中を撫でてもらいながら、話を聞くことにした。

 「戦争があったとき、じい様はまだ若い官吏だったそうで、主に保健所で動物の管理、特に家畜の疫病なんかの仕事をしていたらしいのじゃが、動物の世話をするのがなにより好きだったようじゃな。」

 動物好きなじい様だったら、今も一緒に暮らしていたら、きっと楽しかっただろうな。

 「そんな時、戦争が負け戦になってきたとき、いよいよこの浦賀にも爆弾が降り注ぐようになって、じい様は県令からある命令を受けた。」

 ばあさまは一息ついて、その時のじい様の様子を思い出しているみたいだ。

 「動物園の動物を殺処分せよと。」

 動物が好きなじい様にそんなことをさせる?
 あたしはばあさまの顔を覗き込んだ。

 「動物園の動物が放たれて町の人の迷惑にならないように、そうなる前に殺してしまえとじい様に命令が来たんじゃ。
 じい様はもちろん断ったが、町の人たちの安全のためといわれれば、そうするしかなかったんじゃよ。」
 
 あたしはばあばが悲しそうな顔になるのを見て、一緒に悲しくなった。

 「『同じ手にかけるのであれば、自分がやろう。』と言って泣きながら送ったそうじゃ。
 じい様は動物園でその時の事を謝っていたんじゃあないかと思うのじゃ。
 わしには優しく語りかけてはいたが、本当は心で詫びていたんだろうなぁ。」

 ばあばはそのまま、うんうんとうなずいて、あたしの背中を撫でてこう言った。

 「小夜や、お前に話しておきたいことがある。
 わしももう長くはない。
 けどおまえを連れて逝くわけにはいかないのでなぁ……。」
 
 最近のばあばの話はいつもこの話で終わるの。
 その言葉が出ると、あたしは胸の中がきゅっとなった。
 でもばあばの手は、あたたかかった。
 いつもと同じ。

 「やがてわしが動けなくなった時には、お前をかわいがってくれるやさしい人に巡り合えればいいのだけれども、わしも探してやるにはもう年だからなぁ。」
 
 そういうと、いつもの小皿にカリカリしたご飯をよそって、その上に煮干しを置いてくれた。
 
 あたしは毎日こうしてご飯をくれて、いろいろなお話をしてくれるばあばと一緒に暮らしている。
 時々ご飯がないときもあるけど、そんな時はばあばの近くですりすりすると、おなかが空いていることをわかってくれるから、ばあばと一緒にいることが好き。

 あたしを連れてきた、母さんの家の娘は言ってた。
 じい様がいなくなってから、ばあばはずっと一人で、話し相手もなく寂しそうに暮らしていたって。

 でもあたしが来てからは、少しずつ話をするようになって、ご飯の心配もしてくれる。
 ちゃんと起きてくれるようになったんだって。

 今日も一緒にばあばと寝て、一緒に起きて、ばあばをお見送りするの。
 そして夕方またばあばが帰ってきて、お話をする。
 そんな日がずっと続いているの。

 デイサービスでは、お友達とお話をしているのかな。
 じい様を思い出して、泣いているのかな、そんな時に声をかけてくれる優しい人がいてくれるといいな。
 
 あたしはそんな心配をしながら、ばあばの家で帰りを待っていた。