猫のキミと暮らせば


 「ねぇキミ、男の人って本当にわかんないよね?
 キミも男なら、アイツのこと、わかるよね?
 どうしたらいいんだろう」
 
 どうやら女房はすっかり自信を失っているらしい。
 まぁ、我からすれば些細なことなのだが、人間というものは恋愛になると急に不器用になるものだ。

 そりゃそうだ。
 男子の我にはわかるが、あれはテレカクシで、下心はありませんって、人畜無害アピール。
 そのあとには『だから安心して僕と付き合ってください』というつもりだったのだろうが、今回は悪手であるな。

 女房のほうは、ただただ親切心で付き合っていただけだと、女としては欲望がないと言われているようなものである。
 結構女にはそれはそれで堪えるらしい。
 (と、御息所がぼやいていた)。
 
 しかし、幾多の女房や公達の恋愛模様を見てきた我からすれば、これはかなりの成長ぶりである。
 まずは相手が好きだということを自覚すること。
 それがかなえばどのように気持ちを伝えるかである。
 
 今のご時世、男らしさを待つよりも、女がさりげなく導くほうが上手くいくのである。

 ひらひらと 誘ってるの 後ろから 捕まえに行く アイツの右手

 夕暮れの散歩道、女房はふと修氏の右手に目をやる。
 その温かさを確かめたくて、少し勇気を出してそっと手を伸ばした。
 その瞬間、修氏は黙ってその手を握り返した。

 ついに女房が自分から動いたのである!

 あとは放っておいても問題はないのであろう。
 いらぬ気を回しすぎたようである。
 修氏には女房の気持ちがわかったので、安心して付き合っているようだ。
 
 こうなれば、今も昔も変わらぬもの。
 あとは男が口説いて、御簾を上げるだけである。

 ちょっとだけ 近づいてみた わかるかな 赤くなるのは 反則だから

 修氏の初心なところも女房のお気に入りである。
 女性経験のない修氏にはまだ遠慮という理性が働き、距離を一定に保ちたいようである。
 しかし、相手の気持ちに気づいている以上、引き伸ばすのはかえって残酷なのだ。 
 
 一方女房にはこれからの展開が見えているようである。
 何気ない日々の繰り返しの中で、お互いがなくてはならない、いなくなったら寂しい人になれるようにまずは一歩といったところか。


 「だんだん日が長くなってきて、夕方でも暗くならないね」

 「そうだね、今日は天気がいいから岬からの夕陽がきれいにみえるかもね。」

 「ちょっと行ってみようか。」

 修氏からの提案に、女房はコクリとうなずいた。
 しばしのドライブの後、大きな公園の駐車場にいるようだ。

 当然ここは、我はお留守番をするところ、二人の逢瀬の邪魔をするような野暮なことはしない。
 後部座席で、女房の上着にくるまりながら気持ちよく丸くなる。
 これからの二人の進展を思うと、少し気分よく眠れそうだ。

 「ねぇキミ。」

 と、声をかけてきたが、我は知らんぷり。

 「気持ちよく寝ているようだから、二人で散歩しましょう。
 ねぇキミ、お留守番よろしくね。」

 「それじゃぁ、行きましょうか。」
 
 ……二人がいなくなった車内で、そっと目を閉じる。

 窓の外に沈む夕陽を眺めながら、我は静かに微笑んだ。

 「女房よ、がんばるのだぞ。」

 車から離れ、海岸に向かう遊歩道に消える二人の姿を見送って、我はニヤリとした。
 背伸びをしながら両手を合わせ、安堵して眠りについた。

 この気持ち 伝えたいのよ これはもう お姉さんから 言うしかないかな


 「きれいだね、今日は天気が良くて、空気も澄んでいるから。」

 「そう……ね。」

 私は夕日を眺めている修君の横顔を見るだけで、ドキドキしているのがわかった。

 「さおちゃん。」

 と呼ぶから顔を上げたら、不意に目が合った。
 
 そこからはもう何も言えなくなった。
 けど勇気を出して、一言だけ。

 「……修君、好きだよ。」