猫のキミと暮らせば


 我は女房と東京の自室がある大きな屋敷へと帰ってきた。
 今回の年末は静かなものだった。
 大勢の人が繰り出す正月の賀詞交換会や坊主たちがあわただしく読経して回ることもなかった。
 またはやり病のせいもあり、静かに年明けを迎えていた。女房は自宅でパソコンを接続に苦戦していた。
 実家に運んだパソコンの設定を戻す作業らしいが、うまくいかず、仕事にならないとぼやいていた。
 
 なので、便利な在宅勤務は一時中止となり、久しぶりに通勤の日々が復活した。

 久方の 給湯室の さえずりは 話題の男 盛りの話


 どこにでも噂好きはいるもので、佐々木君に関する話題を耳にした女の子がいた。
 私とのことは、全く噂にもならなくて、半ばほっとしていたけど、今日ここでやり玉にあがる相手はどんな人だろうと思わず聞き耳を立ててしまった。

 「それがさ、佐々木課長、年上のママにコロッといっちゃって。」

 へ? 若い子ハンターの佐々木君が?
 それってどういうこと?

 「なんでも取引先の社長と一緒に銀座のとあるお店に行ってから、その若いママさんと良い仲になったみたいなの。」

 「んじゃぁさぁ、若い子漁りは卒業したのかなぁ?」

 「それがさぁ、消息筋によると……。」

 消息筋っていったい何者?

 「取引先の社長が別れ話のついでに、彼を紹介したんだって。
 そしたら若いママに見初められて、今ではすっかりステディな関係らしいよ。」

 「え、それじゃさお先輩は?」

 「あれは佐々木氏が熱を上げていたけど、さお先輩にはあんな軽い男はふさわしくない。」

 「さお先輩も、その気はなかったみたいだし、かわいい彼ができたって噂はあるの。」

 「この間、キミなら喜んでくれるかなって、独り言を言いながらおもちゃ買ってた。」

 「さお先輩、危ないじゃん。そっちに走ったのかな。
 動物飼うと、嫁き遅れるって話、ホントだよね。」

 「さぁ、さお先輩が楽しそうで、幸せならいいんじゃない。」

 「それもそっかぁ、で、課長はどうなったの?」

 「なんでも、その若いママのお店の人脈使って、いろんな人とのパイプができて、営業の人と一緒になって成績上げてるって話、知ってたぁ?」

 「なにそれ。」

 「本人はアゲマンって豪語しているみたい。」

 「きゃ~っ、お下品だよね。」

 私は給湯室の入り口の陰で、笑いをこらえるのに必死だったよ。
 そういうご縁もあるんだよね。
 まぁ、うまくいっているようなので、心置きなく離れられるよね。

 いやいや出社しても、思わぬ収穫があるものなのね。
 佐々木君はランチにも誘わなくなったのは、こういう理由だったのね。
 まあ、少し寂しいけど、良い方向に進んでいるようで何よりだね。
 ごっつぁんです。
 
 ん? まてよ?
 そうなると……いよいよ東京にいる意味がなくなったかも。

 テレワーク 上手くいかない アイツなら いつのまにやら 頼りにしてる

 なんでアイツのことが一番に思い出すのよ。
 そう、全部アイツが悪いのよ。
 
 パソコンの通信が上手くいかないのも、仕事がはかどらないのも、昨日の牛丼がサービスデーの大盛で食べきれなかったのも、ネギが値上がりしたのもぜ~んぶアイツのせいなんだからね……。

 でも、一緒にいたら、そんなことも全部、楽しいことなんだね。
 このままなら私、また帰らないといけないのかな……。

 ふとした瞬間に、アイツの言葉が蘇る。

 「さおちゃんと一緒ならもっと頑張れる気がする。」

 もしかして……私もそう、だったのかな?

 そういえば、黙って出てきたきりだった。
 アイツには悪いことをしたとは思うけど、生意気なことを言うアイツが悪いのよ。
 だって、照れちゃったじゃないの。

 あんなこと言うから……。


 我はニヤリと笑って乙女の顔になった女房を見逃さなかった。
 やはりそういうことで間違いないみたいですよ、母様。
 
 我は女房がいつか自分の気持ちに素直になれる日を待ち望んでいたのである。
 乙女心に灯が付いた女ほどか可愛らしいものはない。
 と、我が皇子だった時にも感じた直感がそう言っているのだ。
 今の顔がきっとそうなのだろう。
 
 新年の朝の光に誓おう。
 我がこの女房を夢のある道への導き手になろうと。

 気付いたら 気を遣わない 故郷へ キミと二人で アイツのそばへ

 人間素直が一番であるな。
 我慢したり、ごまかしたりしてつらい思いをするくらいなら、いっそ自分の気持ちに素直になるのが一番いいのである。
 
 結局自分のことを一番理解しているのは、自分なのであるから。