会社からの連絡で、在宅勤務は解けないけれど、年内に各職域でミーティングを開くみたい。
 佐々木君からは、

 「今後の在宅勤務の対策として、会社に望む改善点を話し合ってほしい。」
 
 たったこれだけメールが届いた。
 一斉に出社すると、せっかく人込みを避けているのに、それではまったく意味がない。
 だから各部署ごとに、会議室を予約して調整している。
 
 もちろん、総務課が中心となって今後の調整を担当するため、一番初めに会議をすることになった。

 「来週の月曜日、午前中会議かぁ」

 そのためには日曜日の朝からうちに帰って、次の日に会社に行かなければならない。
 アイツは週末のデートを楽しみにしていたから、ちょっとかわいそうだよね。

 すっかり私もキミのお世話や買い物を普通に頼んでいるから、初めのうちは悪いなって思っていたけど、今ではアイツから買いものに行こうって誘ってくれるから、私も当たり前に付き合っている。

 自然に距離を詰めてくるなんて……あれ?
 でも、奥手だと言っていたはず。

 今日も普段通りに朝お迎えに来て、キミと一緒に車に乗ってホームセンターに買い物に行くの。
 そしていつも海岸まで出て行って、海辺のお店でランチ、少し散歩して帰ってくる。
 こういうデートを重ねていくと、それが当たり前の日常になる。
 だから少し変わったことがあると新鮮に感じる。
 
 そういうちょっとしたこと……例えば、岬の先でイルカたちが一斉にジャンプするのを見たり、トンビがハンバーガーを狙ったとき、勇敢にもキミが威嚇して追い払ったり。
 そんな二人だけの景色は、いつの間にか特別な思い出になっていく。


 我には女房が修氏に心を許していくのがわかった。
 でも、女房も不器用なので、修氏の前では「お姉ちゃん」を崩すことができないのだ。
 修氏が優しいので、甘えてしまっている。
 「お姉ちゃん」なのにである。

 修氏からはあこがれの「お姉ちゃん」と聞かされてしまっているので、どうにも修氏には殿方としての魅力よりも、よき「お姉ちゃん」でいることにこだわってしまっている。
 これを崩すような修氏の会心の一撃に期待したいものである。


 アイツに来週東京の家に帰ると言ったら、

 「こっちで一緒に暮らそう。」

 だって。

 「うそ、やだ、もしかしてプロポーズのつもり?」

 私も照れてしまって、こういたずらっぽく返すのがやっとだった。

 「もし仕事が大丈夫なら、僕と一緒にここで暮らしてみない?
 仕事も頑張るし、さおちゃんと一緒ならもっと頑張れる気がする。」

 男の子のまっすぐな目線って、ドキッとするよね。
 そんなにまっすぐに言われると、心が揺れてしまう。
 突然そんなことを言うからびっくりしちゃった。

 「考えとくね」

 そういうのが精いっぱいだった。
 なんなのよ、この子は。

 生意気に 一緒に住もうと いろいろと 覚悟を決める お年頃なの

 修氏の会心の一撃には我も驚いたが、我が皇子時代にもこういうのがあったらなぁと思っていた。とにかくまっすぐに思いを伝える。

 それがまた、よいのである。

 皇子だった時は美辞麗句をならべ、ほめちぎって興味を持ってもらうことがはやりだった。
 今どきの男子の実直なやさしさとまっすぐな思い、ほかに何がいるものか。

 ほら、女房には、どうやら効果てきめんだったようだ。
 技ありである。

 うちの女房は、家に帰ってからは放心状態である。
 週末に東京に帰ることを母様は知っていたので、何があったかは察しがついているらしい。
 時々ニヤけては、女房の様子をうかがいながら我に話しかけてくる。

 「修ちゃんとはお話しできたのかなぁ?
 東京の会社にいつまでも務めていても、ご縁がなければねぇ。
 どこに住んでも一緒だと思いませんか?
 キミィ?」

 そのように畳みかけてくる。

 いつもなら反発して「うるさいなぁ」と一言返してプイっとするのに、今日は母様の話を神妙に聞いている。

 「こういう反応は初めてよねぇ、キミも見たことないでしょ?」

 耳まで赤くなった女房が黙って自室に戻っていく。

 「おやまぁ。」

 母様は、なんだかうれしそうだった。

 暁の 一番列車 振り返る 夢のまたゆめ 仕事に戻る


 ここにアイツが見送りに来ていてくれたら……。
 東京に戻る電車の中で、窓の外をぼんやり眺めながら、つい思ってしまう。
 素直にアイツの気持ちに答えられなくて、なんだか申し訳なくて。
 
 今ごろアイツ、変な勘違いしてないかな……。

 また来いよ アイツの顔が つらいから 黙ってきたの 悪かったかな


 これは絶対に、嫌われたか避けられたと勘違いするよな、男は。すれ違う二人が何とももどかしい。

 修氏よ、

 「見送りには行けないよ。行ったら……何も言えなくなるから。」

 これはないだろう。

 「仕事だから、邪魔しちゃ悪いから。」

 駄々をこねる年でもあるまい。

 女房はわかっているのだろうか?
 修氏は「流される」奴だということが。

 この駆け引きは、引けば終わるのだ。
 そんなつもりはなくとも、修氏は何もできずに悲嘆にくれるのであろうな。

 女房の気も知らずに。