それから女房と修氏は何となく時間があれば逢うようになった。
 この町では車がないといろいろと不便である。
 買い物は郊外の大型店まで車で行き、買いだめをして帰ってくる。食料品も1週間分といったところか。
 
 我は車の後ろの席から助手席の女房が一生懸命自分のことを話す姿を見て、時折ちらちらと修氏の反応を見ながら話題を探っているように見えた。

 やはり策士である。

 運転席の修氏も時々笑みは浮かべるものの、自分からは話さずに、小声でうんとうなずいているだけで、何やら緊張してこわばっているようであった。
 一方の女房はここで話題を切らせてなるものかと、おいしいコンビニスイーツとか、旅先のグルメの話や話題のドラマの話とか。

 修氏には興味がないというか、接点があまりないような話で、少し困惑しているように見えたので、車が止まると助手席に行き、上目遣いにおなかすいたアピールをした。

 修氏も、我の様子を見て和んだのか、我に手を伸ばし撫でようとする。我はすかさずその手をよけて、修氏の手は女房の膝に……。

 思わず目が合った二人、女房が照れながら目をそらし上ずった声で、

 「あ、そうそうキミのご飯を買わないと。
 ホームセンターに連れて行ってよ。」

 修氏は少し安堵の表情をして、軽く返事をした。

 目をそらす 気まずい空気 変えたのは 猫缶買うの 付き合ってよね


 「さおちゃんはいつまでこっちにいるの?」

 「とりあえず、会社から在宅ワークの指示が続くうちは実家にいるけど。」

 「でさ、仕事には通勤しなくてもいいの?」

 「仕事ってさ、通勤してみんなで顔を合わせてやるものだと思っていたんだよ。
 ネットってさ、便利だから、ずっとできないって思っていたことがあっさりできちゃった。
 大変な思いをしていた通勤は、実はいらないんだなって思えてきたよ。」

 「じゃあ、ここにずっと居ればいいのに。」

 無邪気な顔でそう聞いてくるから、思わず吹き出しちゃった。
 なんてまっすぐで素直な話し方をするんだろう。
 言葉の裏がないから気が楽なんだよね。

 「そうなれればいいけどね、時々は会社に顔を出さないといけないよね。
 まだまだ直接書類とかを作って顔を見ながら確認することも残っているから。」

 「オンラインじゃお客さんにお茶は出せないからね」

 「へ?」

 アイツの意外な答えに拍子抜けしまった。
 重要な書類とか、決裁とかそういう話かなって思っていたから。
 確かにそうだよね。
 なんなのこの子、屈託のなさに思わず気が抜ける。

 唐突にスマホの呼び出し音が鳴る。
 画面には総務課長の文字。
 あぁ佐々木君からだね、えっと、アイツがいるけどいいよね。

 「やあ、さおりさん、元気だった?」

 「はい課長、今週末はまだこっちにいる予定です。
 え、仕事じゃないんですか?」

 「課長だなんて、めったに言わないのにね。
 そう、また週末会えないかなって思ってさ。
 この所忙しかったみたいでLINEに返事もくれないから、元気かどうか心配していたんだよ。」

 相変わらず社交辞令のうまいこと

 「えっと、今、三浦にいるんです。
 予定外の出社だと時間が……ちょっと難しいです。」

 と、困ったふりをしてみた。

 かき乱す 恋人未満の わがままに 知らぬとキミは 遊びに誘う


 隣で聞いている修氏は気が気ではない。
 今週末はちゃんと並んで楽しく話をしようと彼なりのデートプランがあるのだ。
 我は空気を読んで、修氏の膝に飛び乗り、彼の気まずい空気をほんの少し和らげてやった。
 車を停めてから所在無げな右腕にしがみついて遊んだが、女房は口元に指を立て、

 「し~っ」

 なんてやっていたので、修氏も声も出せずにいた。

 我はそんなことはお構いなしと、今度は女房のスマホにぶら下がるポンポンのアクセサリーに手を伸ばす。

 「この後お客様とオンラインでの対応がございますので、失礼します。」

 二人はしばらく黙っていた。
 何とか吹き出さずにいたことか、二人のことが知られなかったことなのか、それとも佐々木氏を退けたからなのか、二人はため息をつき、うまくいったことを確認しあい、そして顔を見合わせて笑った。


 もともとアイツは恥ずかしがり屋で人前で話をすること、まして異性と話す機会はなかったみたい。
 仕事では女性と接することも多いんだろうけど、意識してしまうと顔も見られないほど緊張して、その手の話には発展しなかったみたい。

 でも私とは違うのかな……。

 「また一緒に居られてうれしかった。」

 なんて、ぼそっと言うの。
 やっぱりキミがいるおかげですんなり話ができるみたい。

 買い物から帰ると、アイツと一緒のところを見た母は、少しニヤリとしながら声をかけた。

 いつのまに 付き合っていたの 母が言う そんなつもりは ないのだけれど


 我にはわかるのだ、穏やかな日常の安心こそが、女の求める情であると。
 修氏のいつも一緒にいることが自然になる。
 これは絶対無自覚な誘いであるな。

 我にはわかるのである。
 同じオスだからな。
 まずは巣作り、そういう策であろうか?

 我もニヤリとしながら、母君に「もう少しです」と答えておいた。