残業。

この国でとても忌み嫌われている言葉。海外では「できないやつ」の象徴でもある。
それでも、私たちは今夜も残業をするのだ。生活のため。家族のため。老後のため。
そして、
新刊を発売するため!!

文芸部ミステリ部門文庫編集部の課長がシワシワになっている。
窓際のデスクで。

課長が急激によぼよぼのおじいさんと化しても、もはや誰も声をかけない。それどころではないのだ。
ひっきりなしに印刷所から原稿催促の電話はかかってくるし、担当作家たちから「もう書けません」「高跳びします」と泣きつく電話もかかってくるし、
この時代になぜかまだ存在しているファックスはずっと紙を吐き出している。パソコンにも仕事用のスマートフォンにもひっきりなしにメールやメッセージが来る。
白いパーテーションで仕切ったとなりの課から、とても人間とは思えない地を這うようなうめき声が聞こえた。同類の巣窟。明日は我が身だ。

東京水道橋にある大手出版社。日本だけではなく世界に名をとどろかせる有名な会社だ。しかし花形なのは少年漫画部門と青年漫画、それにBL漫画部門など海外で人気のある作品・アニメ化などのメディアミックスを見込んだ作品を生み出している部署のみで、正直我々文芸部はどちらかと言うと日陰の存在である。
ミステリ好きはたくさんいるが。だが、日陰にだって花は咲くし草は生える。水をやり肥料をやり必死で育てなければいけない。でないと枯れてしまう。
月末進行。

今月は月末が土日なので、早めに原稿を印刷所と電子書籍を作ってくれる子会社に収めなければならない。月末が土日でなくても修羅場なのに、土日で印刷所や電子書籍の会社が休みになるなら修羅場を超えて修羅修羅修羅場。つまり地獄だ。
原稿の完成形とはつまり校閲、要するに修正を終えた状態である。その状態で印刷所へ納入する。
うちの課には10名の社員がいる。そのうち2名は本日休み、2名はノートパソコンに顔を突っ込んで寝ていて、2名は外回り中。
さっきから姿の見えない2名は休憩と言う名の逃亡を試みたらしい。に、逃げおくれた!!

すでに外は暗くなりカーテンが閉められた。今日も終電で帰る羽目になるらしい。原稿を入稿するまでの辛抱、と自分に言い聞かせるがその原稿が来ない。来ない。来ない。作家の家へ直接催促へ行きたいが雑務が終わらない。先生たちの家へ予告なしに突撃したい。
でないと居留守を使われるか逃げられる。逃げきれるものか。先生方の行く先はチェックしてあるんだ。伊達に中高と陸上部だったわけじゃない。(このために走っていたわけではないけれど)

「休憩行ってきて良いですか」