むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~


 え……っと、何でロゼさんはアイリスのことを知ってるの?
 いや、でも今『アイリス』ではなく『イリス様』と呼んだわよね。
 いったいどういうこと?

「き…………きゃぁぁあああああっイリス様ですわイリス様ですわイリス様ですわぁあああっ!!」
「寄るな触るな近づくなぁああああっ!!」
 ゴンッ!!
「あうっ!!」
 突然アイリスに向かってとびかかるロゼさんの頭に、アイリスの小さくも破壊力抜群な拳が鈍い音を立ててヒットすると、彼女はぱたりとその場に倒れ込んでしまった。
 痛そうな音だったけれど、ロゼさん、生きてる……わよね?
「あ、あの……アイリス?」
「はっ!! ……見ました……よ、ね?」
「え、えぇ……」
 一発で自分よりも大きな大人の女性を倒してしまうだなんて、アイリスっていったい……。

 固まったままの私たちに、それを見守っていた公爵が笑った。
「まぁ皆、話ならばそこで座ってゆっくりしようじゃないか。アイリスも」

 こういう時、落ち着いて指示を出してくれる公爵は、やっぱりあのカルバン公爵領を長年守って来た頼れる領主様なのだと思い知る。
 シリウスが尊敬してやまないのも頷ける。

 私はシリウスに手を引かれソファまでエスコートを受け彼の隣に腰かけるとその向かいにシリウス、それにくっつくようにロゼさんが座った。
 そして奥にはカルバン公爵、その反対には夫人が腰を下ろし、役者がそろった。

 少し前まではロゼさんに腕に絡みつかれるアイリスの位置にはシリウスがいただろうが、これは一体どういうことなのだろうか。
 アイリスは……なんだか一瞬でげっそりしているし。

「さてロゼさんと言ったね? アイリスとは知り合いだったのかね?」
 穏やかに語り掛ける公爵様に、ロゼさんが小さくうなずく。
 そしてその隣でアイリスが私に視線を移した。

「セレン様、こいつがご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません……」
 そう頭を下げてからアイリスが続ける。
「私は昔から、いろんな地を転々としてきました。そしてたどり着いたのが、メレの町でした」

 メレ……!!
 魔法使いが住んでいたという、あの──。

「そこで私は、自然の豊かなあの地で、ある時は青年、ある時は老婆、様々な姿で別人として過ごし、町に住みついて暮していたのです」
「!! それではまさか──アイリスが……魔法使い、なのか……?」
 驚きに目を見開くシリウスに、アイリスが小さくうなずいた。

「……おっしゃるとおり。私は、古からこの国に住まう──魔法使いです」
「!!」
 アイリスが……私たちの探していた、魔法使い……!?

「ロゼはメレの町で、イリスと名乗り青年の姿の私の…………………………ストーカーでした」
「「ストーカァァアアアア!?」」
 思わぬ回答に、私とシリウスの声が重なった。

 ストーカーって……キャパオーバーなんですけど……!!
 アイリスが魔法使いで、ロゼさんがその青年姿の時のストーカーで……って……情報過多すぎる……。

「ロゼはメレの町の孤児院出身で、孤児院を出てから酒場で働きながらお客を取って娼婦としても働いていました。たまたま見かけた『イリス』の時の姿に一目惚れをしたらしく、それからどこに行っても付きまとう日々が続き……。ついにロゼは、私が『イリス』以外の時の姿でいても、動物並みの嗅覚で突き止めるようになりました」

 動物並みの嗅覚……。
 確かに、この幼い少女の姿のアイリスを見てもすぐに見破ったのだから、本当なのだろう。

「ほとほと困り果てていたある時、大勢の人間が私の前に現れました。そして言ったのです。“お前が魔法使いだな!?”と……。私は絶望しました。私が信じ、愛してきた人間達による仕打ちに……。だから、私はあの町を去りました。その時恐れたのは、ロゼの執着でした。彼女なら、その犬のような嗅覚で私を探し出してしまう。だから忘却呪文をかけ、島流しにしておいたんです。メレの町の人の記憶の中のロゼも消して」

 そう鋭い瞳でロゼを見ら見つけるアイリスは、どこか私が知る彼女とは違って見えた。
 そしてそんな彼女に、以前メレの町の孤児院の院長が言っていた言葉が思い起こされた。

『……だからこそ、最後に見た魔法使い様の悲し気なお顔と最後の言葉が忘れられないのです』
『“あなた達は知っていて私を泳がせていたのか──もう、ここに来ることはない”と……』

 それほどまでにアイリスの心は砕けてしまったのだろうけれど、それにしてもロゼさんの扱いが悲惨すぎる……。

「だ、だってぇ……。旅の人に自慢したかったんですものぉ……」
 旅人にリークしたのお前かぁーーーーーーーっ!!!!

 涙目で訴えるロゼさんを振り払い、アイリスは続ける。
「私は当てもなく一人彷徨いました。そしてこの町の王立図書館──私がかつて作った場所へとたどり着いた時、セレン様にお会いしたんです」
「ぁ……」

 あの日、一人で所在なさげに立ち尽くすアイリスが脳裏に浮かぶ。
 ボロボロの姿で、虚ろな目をして。
 声をかけずにはいられなかった。

「セレン様にいただいたのは、奇しくも私が遠い昔に名乗っていた魔法使いの真名『アイリス』でした。そしておそばに置いて、温かい時を一緒に過ごしてくださった。そんな日々が、私の宝物だったのです。でも……そんな私の大切なセレン様の心を曇らせる原因が、私のしたことだっただなんて……。セレン様、本当に……、本当に申し訳──」
「アイリスが謝る事じゃない!!」
 私は思わず声を上げて立ち上がると、アイリスの傍に良き、彼女の小さな手を取った。

「アイリスは、いつも私の味方で、傍にいてくれた。あなたがいなかったら、私、アイリスとのことに悩みすぎて、ハゲちゃってたかもしれないわ」

 いつの間にか遠くなっていたシリウスに痛む心。
 だけどいつもアイリスが私の代わりに怒ってくれたから、私はずっとシリウスを想っていられたんだと思う。

「出会ってくれてありがとう、アイリス」
「セレン様……」