ネガティブ悪魔退治! ~疫病神のわたし、実は伝説の浄化姫でした!?~

「なに? あたしのことをジロジロ見るの、やめてくれない?」
 氷柱のように冷たくとがった視線が、わたしを貫いた。
 強い憎悪のこもった瞳に、恐怖でからだが震えてくる。
「だから、見るなって! あぁ、気味が悪い……」
 加藤(かとう)梨花(りか)ちゃんの、火花の散るような激しい拒絶に、心がズキッと痛んだ。
 あぁ……。やっぱり、梨花ちゃんはまだ、わたしのことをゆるせていないよね。
 当然だ。
 悪気がなかったとはいえ、わたしのした行動は、彼女の心をおびやかすものだったから。
「本当に、ごめん。……ごめんなさい」
 あやまっても時間が戻るわけじゃないけど、頭を下げずにはいられない。
 春だというのに、真冬かと思うほど凍りついた空気の、放課後の教室。
 梨花ちゃんは、手にしていたゴミ袋をイラついたように、わたしの前へ投げだした。
 その隣に立っていた白根(しらね)さんが、慌てたように梨花ちゃんの制服のスソをつかんだ。
「ね、ねえ、加藤さん。黒野(くろの)さんにそんなにつっかかったら、マズいんじゃないの? その子は……、疫病神なんでしょ?」
 そう。
 わたし――黒野(くろの)真白(ましろ)は、みんなから疫病神と呼ばれてる。
「ちっ……。あとのゴミ出しは、全部やっといてよね」
 梨花ちゃんは、大きな舌打ちをして背中を向けた。イカクするようにあえて足音を鳴らしながら、白根さんと共に去っていく。
 あとに残されたのは、呆然としているわたしと、大きなゴミ袋が二つだけ。
「はあ……。面と向かって言われるのは、キツいなぁ」
 誰もいなくなった教室に、深いため息が落ちる。
 福宮(ふくみや)中学に入学して、一か月と少し。
 中学に入学したら、このしんどい状況が変わるかもしれないと期待してた。
 でも、そのあいまいな希望は簡単に打ちくだかれ、小学時代から変わり映えのしない一人ぼっちの中学校生活を送ってる。
 言葉の刃できりつけられた心はヒリヒリと痛むけど、なんにも言い返せなかった。
 疫病神かどうかはさておき、わたしが普通の女の子じゃないことは事実なのだ。
 わたしには、他のひとには見えていないものが見える。
 さっき、梨花ちゃんのことをつい見つめてしまったのも、そのせいだ。
 正確には、梨花ちゃん自身じゃなくて、彼女が背負っているオーラの方。
 梨花ちゃんがまとう黒い霧が、日に日に濃くなっている。
 ひとがまとう黒い霧。
 不気味で、見ているだけで背筋に汗がつたるような、まがまがしい気配がするんだ。
 ものごころついたばかりのころは、当然、他のみんなにも見えているものだと思っていたけど。どうやら、他のひとには見えていないみたい。
 どういう条件で、ひとが黒い霧を発するようになるのかも不明。
 とても良くない感じがするから気になるけど、かといって、どうすることもできないのが心苦しいんだ。
 小学時代、梨花ちゃんの助けになろうとしたとき、わたしは無力だった。
「黒野さん。顔色悪いけど、大丈夫?」
 それどころか、梨花ちゃんを傷つけることになっちゃって……って、あれ?
 いま、誰かに話しかけられたような。
「この大きいゴミ袋二つ、どっちもきみが持っていくの? 重いだろうし、僕が持つよ」
 えええっ⁉
 ぼうっとしていたら、クラスメイトの瀬川(せがわ)理人(りひと)くんが、目の前に立っていた。
 さらさらとしたチョコレートブラウン色の髪に、宝石のような紅茶色の瞳。
 抜けるように白いすべすべの肌。さくらんぼ色の唇。
 すらりとしていて、長い手足。
 福宮中学指定の深緑色のブレザーとグレーのズボンを、これほど完ぺきに着こなしている生徒は他にいないだろうってくらいきらきらとしたこの男の子は、なにを隠そう――わたしの推しだ!
「だ、だだだ、大丈夫です! 自分で持っていけます!」
「一階のゴミ置き場まで一人で運ぶのは大変でしょ。遠慮しないで」
 突然の推しの登場、イケメンぶりの眩しさにドキドキとしてぼうっとしていたら、いつの間にかゴミ袋を二つとも手に持たれてしまった。
 そ、そんな! 瀬川くんにゴミ袋を運ばせるなんて、しのびなさすぎます!
 すでに廊下に出てしまった彼を、あわあわと追いかける。
「待って! せめて一つでも持たせてください!」
「んー。よくカン違いされるけど、僕、そんなにやわじゃないよ? こう見えて、きたえてるんだ。だから、このぐらいは余裕」
 どきり。やさしい笑みに、また心拍数があがっちゃう。
 っていうか、エレガントな生活を送っていそうなイメージなのに、実は筋トレもしてるなんて意外だなぁそんなところもかっこいい~~! 心の中の推しマル秘情報ノートに記しておかなきゃ。瀬川くんはなにかとミステリアスだから、新たな情報が手に入るとそれだけでニマニマしそうになっちゃうの。表情筋を引きしめなきゃ!
 というか、あれ? 結局、ゴミ袋を運ばせちゃってる~~~!
「瀬川くんが良くても、わたし的に申し訳なくてダメなんです!」
「そこまで言うなら、一緒に運ぼうか。一つだけ、お願いするね」
 手渡されたゴミ袋を手に持ちながら、一緒に階段をくだっていく。
「そういえば、瀬川くんは、どうして教室に戻ってきたんですか?」
「折りたたみ傘を取りにきたんだよ。通り雨だと思うけど、けっこう降ってきちゃって」
「うそ! 雨が降ってるんですか⁉ 今日は、傘、持ってきてないのに……」
「そうなんだ。じゃあ、僕の傘に入っていく?」
「へっ⁉ え、ええええと、そ、それは……」
 それって、もしかしなくても相合傘ってこと⁉
「黒野さん? 顔赤いけど、どうかした?」
 きれいな顔を無防備に近づけられて、ドキッとしちゃう。
 いや。特に深い意味はないって、わかってはいますよ?
 ごらんの通り、瀬川くんは、疫病神のわたしなんかにも気にせず話しかけてくる、とっっっても希少な良いひとだから!
「な、なんでもないですっ! えっと……申し出はありがたいんですが、図書室に寄ってから帰るので、わたしのことは気にしないでください!」
「そうなんだ。図書館で勉強でもするの?」
「は、はい。宿題をして帰ろうかと」
「ふーん。黒野さんって、まじめなんだね」
 納得している様子の瀬川くんに、ちょびっとだけ罪悪感。
 だって、図書室に寄る予定というのはウソだから……。
 光栄すぎる申し出だったけど、これ以上、彼のやさしさに甘えるわけにはいかない。
 ゴミ置き場に向かうのに、校舎の外に出ると、たしかに土砂降りの雨だった。
 幸い、ゴミ置き場は、校舎の裏口を出てすぐの場所。
 雨よけがついているので、濡れずにゴミ出しを完了することができて、ホッとした。
「本当に助かりました! 瀬川くん、ありがとう」
「ううん、大したことしてないから。……あのさ、黒野さん」
「はい?」
 瀬川くんは、迷うように視線を落とした。
 ざああっと、ゴミバケツをひっくり返したような雨音だけが耳に届く。
 居心地の悪い沈黙に、さっきまでとは違う意味でドキドキとしていたら。
 紅茶色の瞳が、覚悟を決めたように、わたしを見つめた。
「僕の聞き間違いじゃなかったら、さっき加藤さんたちから疫病神って呼ばれていたよね? ううん、さっきだけじゃない。様子を見ている限り、小学時代からなの?」
 顔がこわばった。
 まさか、瀬川くんの方から、その話題を振られるなんて思いもしなくて。
 彼だけは、疫病神というあだ名のことを知っても態度を変えずに接してくれていたから。
 てっきり、噂とかには興味がないのかと思っていたけど……。
「……そうですけど。それが、どうかしましたか?」
 無理やり笑おうとしたけど、うまくできている気はしなかった。
「僕はなにがあったのか知らないけど、疫病神だなんて、ずいぶんとひどい言われようだよね。それなのに、黒野さんはどうしてなにも言い返そうとしないの?」
 まっすぐな視線。キリキリとしめつけられているように、心が痛い。
「その話は、瀬川くんに関係ないですよね?」
 他でもない彼に、こんな嫌な言い方はしたくなかったな。
 でも、瀬川くん相手だとしてもその話題には踏みこまれたくない。
「ねえ、瀬川くん。もしも、わたしが本当に疫病神だったらどうしますか?」
「……どういうこと?」
「すみません、なんでもないです。それに、心配してくれたならありがとうございます。……でもね、わたしは納得しています。お願いだから、ほうっておいて」
 瀬川くんは、大きな瞳をまたたきながら、呆けていた。
「ゴミ出しを手伝ってくれて、ありがとう。じゃあ……、また明日」
 そう言い放って、逃げるように校舎の中へ引きかえした。
 あーあ。よりにもよって、瀬川くんのやさしさを無下にするなんて、最悪も最悪だ。
 廊下の窓ガラスを叩きつける雨粒は、どんどん激しくなる。
 疫病神というあだ名は、彼が言ったとおり、小学時代についたものだ。
 わたしと梨花ちゃんを含む福宮第一小出身の子たちが、別の小学校出身の子にも広めたんだろう。ひとの口に戸は立てられないというのは真実で、知らないひとからもそう呼ばれるようになるまではあっという間だった。
 もちろん、そんな不名誉なあだ名を、心の底から受けいれたわけじゃない。
 耳にするたびに傷つくし、弱っているときは泣きそうにもなる。
「でも……、わたしは梨花ちゃんを傷つけたから」
 嫌われ者として過ごすのは、彼女の心を傷つけたわたしへの罰なんだよ。