正直納得いく解答ではない。俺はgoodをところの単語を入れ替えてブツブツ呟いてみるが、やはり違いがわからない。ずっと海外で過ごしてきた彼女と、日本で暮らしている自分との感覚的な違いか、と自身を無理やり納得させようと思った俺は、ある仮説に気づいた。
それが正しいか検証すべく、俺は桃ちゃんセンセに依頼をする。
「桃ちゃんセンセ、もう一回諳んじてよ。最後の文だけでいいから」
え? と小さな声で戸惑う彼女にお願い、と頭を下げると、1回だけと前置きして日本語よりも低い声でゆっくりと諳んじてくれた。
「We are all different, and we are all good. これでいい?」
うん、これでいい、と思わず答えそうになるくらい、近くで聞いた彼女の英語は俺の耳に残った。
訛がない綺麗なイントネーションで詠唱した彼女のgoodの語尾は囁くように空中に消える。その言い方がいかにもこの詩の世界観に合っていたのだ。
specialやwonderfulじゃこうはならないし、彼女以外が同じ文を読んだとしても再現することは出来ない。
桃ちゃんセンセの何故か英語を話す時は低くて掠れ気味に聞こえる声だから、このgoodにした英訳が映えるのだ。
「桃ちゃんセンセの発音だからか。specialやwonderfulというワードよりも、goodを当てはめた方がこの詩の英訳にピッタリだ」
「はぁ……。ありがとう、でいいのかな?」
俺は素直に思ったことを口にしたのに、桃ちゃんセンセは微妙な返事をする。

