桃ちゃんセンセと田宮くん


 再会出来たのは、奇跡だと思えた。
 桃ちゃんセンセ――中峯(なかみね)桃は、俺が通っていた塾でアルバイトしていた女性だった。
 とはいえ、ほとんど関わり合いはなかった。ただ帰国子女らしく、綺麗な発音をするという印象しかなかった。
 経済学部で有名な国立大学に通っているから頭は良いし、物心ついた頃からずっと海外にいたから自己主張は強いはず。なの彼女はフワフワの外見と笑顔という武器でうまくそれらを隠していた。
 唯一、生徒の質問に答える時にだけ、本来の快活さと己を曲げない気の強さ、そして思慮の深さを感じさせた。
 チューターとして生徒の疑問箇所の質問を受けながら、桃ちゃんセンセは必ずこう言うのだ。

「私に聞くのは手っ取り早いかもしれないけれど、きちんと本部のシステムを活用してね。配信しているコンテンツに一番詳しいのは、本部なんだから」
 俺も桃ちゃんセンセの意見には同意だった。決して他のチューターはそんなことを言わない。桃ちゃんセンセだけが生徒が進学した後のことを考えた対応をしていた。
 真っ当なことを言っているけれど、彼女のマイルドな言い方のせいか、それとも質問にかこつけて息抜きにきているのか、大抵桃ちゃんセンセにまとわりついている生徒は皆、ピンときていない様子でこういうのだ。
「えー、面倒じゃん、質問票書いて送るのは。桃ちゃんセンセに聞けばすぐ答えてくれるし」
「電話でもメールでもチャットでも受け付けてるでしょうが、全く。せめて質問に来る前に解答とか解説書読んでどこまで理解しているのか整理してきてよ。じゃないといつまでも成績上がらないよ」
 優しく指導しているが、目は笑っていない。何度も――それこそ耳にタコができると呆れられる程同じことを繰り返す彼女は見た目通りの人間ではない。
 そう思ったが、挨拶程度で質問にいかない俺にとって桃ちゃんセンセは校舎にいるアルバイトの一人くらいの薄い関心しかなかった。俺が彼女、中峯桃を異性として意識したのは夏休みのことだった。