-怜の苦闘 -

高校の卒業式。桜の花びらが舞い散る中、怜はただ一人、まっすぐ前を向いて立っていた。友人たちが笑顔で写真を撮り合ったり、未来への希望を語り合ったりする中、怜の心にはただ一つの使命だけがあった。

音々を救うこと。

それだけが、彼の生きる意味だった。

高校を卒業し、怜は予定通り、医大の脳科学研究室に進学した。彼は、音々という希望を見つけたことで、これまでの空っぽな人生に、鮮やかな色彩が宿ったようだった。

研究室の扉を開けた瞬間、怜は音々の病気を治すための、希望の光を見つけたような気がした。しかし、研究の道は、彼の想像をはるかに超えるほど、厳しく険しいものだった。

音々の病気は、未だ未知の脳神経疾患。研究室の教授も、その病気の存在すら知らなかった。怜は、音々から聞いた病気の症状を必死に伝え、教授に協力を仰いだ。

「君の言う病気は、まだ世界でも症例がない。治療法はおろか、そのメカニズムすら解明されていないんだ」

教授の言葉は、怜の胸に重くのしかかった。しかし、怜は諦めなかった。彼は、音々を救うという使命感を胸に、寝る間も惜しんで研究に没頭した。

朝から晩まで、彼は研究室にこもりきりだった。膨大な論文を読み漁り、実験を繰り返す。しかし、何度やっても、音々の病気の解明には繋がらない。まるで、分厚い壁に阻まれているようだった。

その間も、音々の病状は着実に進行していく。毎週のように音々が通う病院へ足を運んでいた怜だったが、次第に研究で手いっぱいになり、音々と会う時間が減っていった。

「ごめん、音々。今日も会えないんだ」

電話越しに謝る怜に、音々はいつも優しく「大丈夫だよ。怜くんの夢、応援してるから」と答えてくれた。しかし、その声の奥に隠された寂しさを、怜は痛いほど感じ取っていた。

音々を救いたいという使命感と、研究の壁にぶつかる焦り。そして、音々を一人にしてしまう罪悪感。怜の心は、激しく揺れ動いていた。

「僕は、本当に音々を救えるのだろうか…」

彼は、誰もいない研究室で、一人、自問自答を繰り返す。音々という光を見つけたことで、彼の世界は輝き始めた。しかし、その光を守るための道のりが、これほどまでに苦しいものだとは、想像もしていなかった。

彼の研究ノートには、音々の病気を治すためのアイデアや、実験のデータがびっしりと書き込まれている。しかし、そのどのページにも、まだ「完璧な回答」は見つかっていなかった。