「ぐすっ……私は先生みたいに大人じゃないので。先生が取られちゃいそうで怖いんです」

ぎゅっとシャツを握りしめる。その手を、先生の大きな手が包み込むように重なった。

それなのに先生は何も言ってくれないから、不安になって顔を上げる。と、佐々木先生はいつになく険しい顔で私を見つめていた。

「心和、俺が大人だと思う?」

「はい」

「俺は、心和以上に嫉妬してるって自覚があるよ」

その言葉の意味が理解できなくて、今度は私が首を傾げる。佐々木先生が嫉妬する場面が想像できない。一体何に嫉妬しているというのだろう。だから思わず聞いてしまった。

「先生って嫉妬するんですか?」

「するに決まってるだろ」

「え、だって、……何に?」

普段の様子から嫉妬だなんて思いもよらない。今だって嫉妬しているだなんて到底思えないのに。いつも爽やかで穏やかな佐々木先生はお釈迦様の様だと崇められるくらいだ。お釈迦様は嫉妬なんてしないよ、きっと。

「……きゃっ!」

突然視界がぐるんと回り、柔らかな感触が背に当たる。気づけば佐々木先生にソファに押し倒されていた。

「せ、先生?」

「俺は嫉妬で狂いそうだっていうのに」

「……何のこと?」

「名前、なんで呼んでくれないの?」

「え……名前……?」

「牧野くんは名前呼びなのに、俺はいつまで心和の先生?」

「あ……」

言われるまで気づかなかった。私はいつも佐々木先生のことを「先生」と呼んでいる。でもそれが定着してしまっていたから、そこに何も疑問を感じなかった。

拓海くんのことも、大学のときにそう呼んでいたから、そのままの感覚で呼んでいて……。

でもそれは佐々木先生にとってみたら嫉妬の対象になっていたってこと……?!

「せんせ……!」

言葉を閉じ込めるように、唇に人差し指が当てられた。その指は唇をなぞり、やがて手のひら全体で頬を包みこまれる。