癒やしの小児科医と秘密の契約

佐々木先生は当然のように車で送ってくれ、私を降ろすと先に出勤して行った。私も大急ぎで身支度を整えて、いつも通り電車で出勤する。

気候はだいぶ春めいてきた。春休みでスカスカの電車も、四月になれば学生や新入社員で溢れかえるのだろう。彩芽ちゃんも三月中に退院できてよかった。新しい学年、新しいクラスに最初から通うことができるのだから。たぶん、佐々木先生がものすごく気を利かせてくれたのだと思うけれど。

病気を治すことだけじゃなくて、その人の背景や事情まで考えられる佐々木先生は、本当にすごい。もちろん、上手くいくことばかりじゃないだろうけれど、それでも考え得るすべての方法を頭の中で組み立てているんだろう。

だからこそ、ナオくんの一時退院が実現したし、亡くなってもご両親にお礼を言われたんだろうな。

電車に揺られながら、ふとそんなことを思い出した。

駅から病院まではすぐだけれど、まっすぐに伸びた歩道には、等間隔に桜の木が植わっている。もうすぐ花開く桜に、新しい季節の始まりを感じて胸がはやった。

「おはよ、心和ちゃん」

「あ、千里さん。おはようございます」

「今日は遅いんだね。いつも早く出勤してなかった?」

「はい、昨日は佐々木先生のお家に泊まったので――あっ!」

考えもなしに口を滑らせてしまって、慌てて両手で口を押さえる。別に内緒にすることではないかもしれないけれど、佐々木先生とお付き合いすることを周りに話してもいいか先生に確認を取っていない。

「千里さん、ちょっと今のは聞かなかったことにしてください」

「そりゃ、無理ってものでしょう? なに、そのおいしい話題」

「ちょっと、まだ、内緒にぃ〜」

「え〜、どうしよっかなぁ〜」

「お昼奢るのでぇ〜!」

「あはは! 早急に女子会が開催されることが決まりました」

「ひぃぃん」

千里さんに散々からかわれ、病院までの短い距離が今日はとんでもなく長く感じられた。これから仕事だというのに、気持ちを落ち着けるので大変だ。こんなふわふわした気持ちなのに、院内で佐々木先生に会ったら冷静でいられるだろうか。

――だけど、そんな心配は杞憂に終わった。