「そっか。映画もなかなかよかったよ。機会があったらぜひ」

「はい、今日帰ったら見ます!」

「いや、そんな必死にならなくても」

佐々木先生はおかしそうに眉を下げた。
落ち着け私、佐々木先生としゃべりたいばっかりに、ちょっと前のめりになっている気がする。うるさい女だと思われても嫌だし、うむむ。

とりあえずビールを飲んで心を落ち着ける。
もうちょっと実のある話をした方がいいだろうか。

「ていうか佐々木君、ニャンコニャンコって、もっと浮いた話はないのかね。君もそろそろ落ち着く歳だろうに」

部長先生がからかい半分で佐々木先生をいじりだす。佐々木先生に浮いた話があったら嫌だ。そんな話が出たらやけ酒じゃすまない。二人の会話を聞くために、ビールを飲みながら耳をダンボにしていると――。

「そうですね。親からはいい加減落ち着けとお見合いを勧められていますよ」

「お、お見合い?!」

思わずジョッキをテーブルにダンッと打ちつける。佐々木先生と部長先生が驚いたように目を見開いた。

「あ、す、すみません。動揺して」

「動揺って。なんで川島さんが」

「え、だって……」

だってだって、私は佐々木先生が好きだし、そんな好きな人がまさかお見合いをするだなんて思ってもみなかったんだもの。……とは言えず、すごすごと引き下がる意気地なしな私。

いや、引き下がってどうするの。クリスマス忘年会で来年の抱負は『佐々木先生を振り向かせてみせます』って宣言したのに。こんなんじゃ、始まる前に終了だ。頑張れ私、頑張れ私!

ビールをゴクゴク一気飲みしておかわりを注文する。素面ではいられない気がした。

「お見合いねぇ。どうせあれだろ、そのうち家を継ぐとかそんな感じ?」

「はは、部長するどいですね」

「え、え、ちょっと待ってください。家を継ぐって?」

「ああ、うち、父がクリニックを開業してて、ゆくゆくはそれを継ぐことになるかもっていう話だよ」

「辞めちゃうんですか?」

「いつかね。その可能性があるってだけだよ」

「なるほどねぇ。それで見合いでもして落ち着けってわけか。あっはっはっ」

部長先生は納得顔で楽しそうにビールをあおった。

楽しくない、笑い事じゃない。
赤ら顔の部長先生に対して私はどんどん顔が青ざめていく。