名前と言うならば――

「私は名前で呼ばれたいです」

「名前?」

「先生に、心和って呼んでもらいたい」

ありったけの勇気を振り絞った。
たぶん、顔は赤くなっていると思う。

だって先生は、杏子さんのことを「杏子ちゃん」って呼ぶし、他にも「桜子ちゃん」って呼んでるのを聞いたことがある。千里さんは……名字だったかもだけど。私は出会ったときからずっと、「川島さん」だ。

先生との距離が、遠い。
しん、と沈黙が流れた。
ふと目線が絡まる。
佐々木先生の薄くて綺麗な唇が、ゆっくりと開いた。

「心和」

「はうあっ!」

たった一言呼ばれただけなのに、耳にこだまする先生の低くて甘い声。心臓に矢が突き刺さったみたいな衝撃が体中に走った。

「ちょ、ちょちょちょっと、心臓が痛いくらいにドキドキするので、ちょっと待ってください。やっぱりまだ早いかもしれません」

「呼んでほしいって言ったのは心和でしょ? これも対症療法の一環になりそうだね」

「対症療法が刺激的すぎて」

「もう何度もキスしてる仲なのに」

「そ、それはそうなんですけど」

「どっちが刺激的なの。本当、心和って可愛いね」

「ギャー!」

名前呼び、そして可愛いなどと、佐々木先生は私を殺しにかかってくる。あまりの衝撃に胸の辺りをぎゅうっと握った。

「やばい、やばいです。ときめきすぎて心臓がおかしくなりそうです」

「心臓の名医紹介しようか?」

「名医より佐々木先生に診てもらいたいですぅ」

「あははっ、積極的なのか恥ずかしがり屋なのか、どっち?」

佐々木先生は大爆笑しながら、私の頭をなでた。そして優しく目を細める。

「心和見てるとさ、癒やされる。また頑張ろうって思える。ありがとね」

「せ、先生ぇ好きぃー」

「おー、今日の好きいただきました」

ときめきが大きすぎて、自分の心臓を落ち着けるのでいっぱいだ。佐々木先生が私を見て笑ってくれることが嬉しい。幸せすぎる。