癒やしの小児科医と秘密の契約

「脈が少し早いかな」

「……先生、もしや診察してくれてますか?」

「一応、医師としてね」

「じゃあお薬出してください。佐々木先生が大好きなので、先生といるとドキドキしてどうしようもなくなるんです」

「まったくもう、川島さんはどうしてそうストレートなの」

困ったように眉を下げる佐々木先生は、おもむろに私の手を取って歩き出す。逃げることも忘れてされるがまま、先生についていく。

病院を出て道を渡った向かい側に、職員駐車場がある。街灯はあるけれど、すこし薄暗い。私はいつも電車通勤だから使うことはないのだけど……。

「送ってくから、乗って」

「え、いえいえ、そんな」

「いいから乗りましょう。はいどうぞ」

助手席に押し込まれ(もちろん優しくだけど)、頭にいっぱい疑問符が浮かぶ。よくわからないままシートベルトをすると、ゆっくりと車が走り出した。暗い車の中、外からの光に照らされて先生の横顔がうっすら見える。横顔もかっこいいなんて、罪だ。隠し撮りして毎日眺めたい。

信号待ちで先生がふとこちらを見る。目が合って、慌てて視線を逸らす。妄想していたことがバレたらどうしよう。

「あのね、川島さん。条件を変更したいんだけど」

「え、条件ですか?」

「そう。最初に約束したでしょ。仕事中はダメだよって」

「……はい」

「仕事中じゃなくても、病院の敷地内もなしにしよう。誰に見られているかわからないし」

私が佐々木先生に「好き」だと口に出すことは、先生にとって迷惑なのかもしれない。先生はいつも困った顔をするから。それに今日は仕事中にも口にして叱られてしまったし。

嫌われてしまったら本末転倒なのに、なにやってるんだろう。

しゅんと肩を落としながら、小さく「はい」と返事をした。泣きたくなる気持ちを、必死に外の景色を見てごまかした。
やがて見慣れた景色になり、アパートの前で車が止まる。

「迷惑とかじゃないからね」

「え……?」

「条件を変更したのは、自分を戒めるためでもあるから」

「……?」

「それはそうと、まだドキドキしてる?」

「してますよ。佐々木先生と同じ空間にいるってだけで、ドキドキしてます」

「そっか。有効的な薬はないから対症療法かなと思ってる」

「え? まさかお薬考えてくれてたんですか?」

「うん、考えてた」

シートベルトがカチャンと外される。
佐々木先生の伸びてきた手は、そのまま私の頭を抱え込んだ。

柔らかく触れる、唇。

「これから慣れていってね」

魅惑的な笑みを称えた佐々木先生は、またしても私の心を鷲掴みにした。
こんなのドキドキが収まるわけがない。
対症療法――って、そういうことじゃなくない?