癒やしの小児科医と秘密の契約

「看護師になったのは、ちゃんと他にも理由があるんだよね?」

「ないです。俊ちゃんの側で働きたかっただけ」

「でも毎日残って牧野くんと一緒に勉強してるよね。ちゃんと頑張ってて偉いよ」

「……だって、せっかく看護師になったし」

「それでも偉いよ」

「……褒められても嬉しくないです。悔しい。私の方が川島さんより先に俊ちゃんに出会ってるのに。絶対私の方が俊ちゃんのこと知ってるのに」

ぐすっぐすっと鼻をすする音が聞こえる。泣かれてもどうすることもできない。心和を好きになる前だったらどうしただろうか。もっと優しい言葉をかけていただろうか。

もう、以前の俺には戻れない。告白されて断ると相手が傷つくんじゃないか、そんな罪悪感を抱えていた時もあったはずなのに。今では心和が悲しむ顔を見たくないと、そればかり思う。

「嘘でもいいから好きって言ってください」

「ごめんね」

「川島さんに悪いからですか?」

「いや、自分の気持ちに嘘はつけないからだよ」

はっきりとそう告げたら、莉々花ちゃんは黙ってしまった。それっきり、会話はなかった。

車を降りるとき、「ありがとうございました」と小さな声でお礼を呟き、ヨロヨロとした足取りで家に入っていくのを見届けてから、俺も自宅に戻った。

BGM代わりにつけていたラジオから懐メロが流れてくる。世代ではないけれど、子どものころ親が口ずさんでいたから知っている曲たち。そんなメロディーに乗って、昔の思い出が蘇る。

『俊ちゃん、大好き。俊ちゃんのお嫁さんになりたい!』

『じゃあ、大人になったらね』

『絶対ね! 約束だよ!』

確かにあのとき、莉々花ちゃんを可愛いとは思っていた。だけどあれは俺にとって約束なんかじゃなくて、ただの思い出に過ぎなくて……。