癒やしの小児科医と秘密の契約

車に乗る頃にはだいぶ顔に血の気が戻ってきていて、大したことなくて良かったとほっとした。

「すみません」

「しょうがないよ。莉々花ちゃんは昔から血が苦手だったよね。それなのに看護師になって偉いね」

子どもの頃を思い出す。莉々花ちゃんは転んで足から血が出ただけで大泣きしていたし、人の血を見るだけで青白い顔になっていた。それなのに看護師を目指したのだから、きっと相当な苦労があっただろう。

「……だって私は、少しでも俊ちゃんに近づきたかったから。だから看護師になったの。ずっと俊ちゃんのことが好きだったもん。子どもの頃からずっと……ずっとだよ」

「……」

莉々花ちゃんの気持ちは薄々気づいていた。看護師として働き始めた時じゃない、もっとずっと前、子どもの頃からだ。

家が近所で母親同士が仲が良かった。俺には2歳下の弟がいて、莉々花ちゃんの兄と同級生だった。莉々花ちゃんとは歳が離れていて、「俊ちゃん」と呼んでくれる姿がまるで妹ができたみたいで嬉しかったことを覚えている。

「俊ちゃんと約束したよね。俊ちゃんのお嫁さんにしてって言ったら、大人になったらねって言ってくれたの。私、もう大人になったよ。だから俊ちゃんのお嫁さんにしてほしい」

「……」

「ちゃんと私のこと見て」

莉々花ちゃんは運転している俺の方を向く。じっと見られている感覚は、いつも(心和)の視線とは違う。視線一つでこんなにも感じ方が違うのかと、変に嬉しくなってしまった。莉々花ちゃんには申し訳ないけれど。

「ごめんね、約束守れなくて。好きな人がいるんだ」

「川島さんですか?」

「そうだよ」

「川島さんのどこが好きなんですか?」

「心和はね、優しいんだよ。すごくすごーくね」

「俊ちゃんより優しい人なんていないもん」

「そっか、じゃあ俺だけに優しいのかな。俺にとっては女神様みたいな存在なんだ」

別に心和の優しさをわかってもらおうとは思わない。俺だけが知っていればいいだけの話だ。だけど莉々花ちゃんはものすごく悔しそうな表情をした。きっと、莉々花ちゃんも心和の優しさを感じたことがあるのだろう。