頭ポンポンはセクハラです!~不器用地味子の恋のお相手~

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「あちっ!」
 私は悲鳴を上げた。やかんの取っ手を掴もうとして間違ってやかん本体を掴みそうになってしまった。食後のお茶を飲もうとしたのに。
「何やってんの……」
 私は蛇口のバーを上げた。ジャージャーと流れる水道水に手を濡らして毒づきながらも、心はまだ別のことを考えていた。
 先程、カフェで聞いた理人くんの話を。
「俺告白されたことねえし、告白したこともない」
「そ、そうなの!?」
 信じられないようなことを聞いてしまった。思わず大きな声を上げると、理人くんはこちらを少し睨んだ。
「むしろ、なんで俺がモテると実花が思ったのか知りたい」
「えっ、そりゃあ、理人くん男女問わず友達多そうだし」
「友達多くても恋愛対象として見られなかったってことだろ、お互いに」
「せ、背も高いしかっこいいし、仕事もできるし」
 わずかに理人くんは嬉しそうに頬を緩めたが、すぐに自嘲気味にため息をついた。
「そんなに他人から褒められたことないぞ、俺は。どっちかっつーとオタクだし。就職する前は結構怠惰人間だったし」
「そうんなんだ。意外……」
 私は口をぽかんと開けた。
「な? 俺が女にモテる要素なんて、強いて言えば背の高さくらいだろ?」
 いや、顔も素敵だけど、と思ったけれど、それはさすがに恥ずかしいので言うのはやめておいた。
「そ、そっか……。気軽に頭ポンポンしてくるくらいだから、てっきり女慣れしているものかと……」
 私がぶつぶつ言うと、それが聞こえたらしい理人くんは「あー!」と言って片手で頭を抱えた。
「いや、それはほんとに忘れてくれ、ごめん」
「そ、そんなに謝るほどのことじゃないでしょ! よくあることだよ、多分」
 そんなこんなでバタバタした会話のあと、お互いどこか気まずい空気で帰ってきた。
 私はマグカップにカモミールティーを注いでテーブルの上に置いた。一人がけのソファに座り、ふうふうと冷ましてからゆっくりと味わう。優しいカモミールの風味が心を落ち着けてくれた。
 そうか、理人くんのことちょっと誤解してたな。
 私はソファにもたれかかった。
 そんなに警戒しなくてもいいのかもしれない。
 理人くんのことは好きだ。明るいし一緒にいると楽しい。
 けれど、「彼氏」として好きかと言われると好きとか嫌い以前に「私にはもったいない方でございます!」という気持ちでびくびくしていた。
 理人くんのこともっと知りたいな。
 私は壁に掛かっているカレンダーを見上げた。明日からしばらく会社はお休みだ。
 理人くんに会えなくなるの寂しいな。
 彼女なのだから会社などなくてもいつでも会えばいいのだけれど、私には彼氏をデートに誘う方法すらわからない。
「理人くん、またデートに誘ってくれないかな」
 私はスマホを手に取って画面をじっとみつめたが、それが反応することはなかった。