*


「俺の行きたい店でいい?」
 早口でそう言うと理人くんがさっさと歩き始めてしまったので、私もその後を追いかけた。
「うん、いいよ」
 とことこ歩きながら理人くんの背中を見上げる。後ろから見る理人くんの耳が赤かったのは、きっと目の錯覚だろう。
 私が理人くんの隣に並ぶと、「あ、ごめん」と気まずそうに理人くんは歩調を緩めてくれた。
「夕飯何にする予定だったの?」
「えーっと、スーパーでお野菜見て考える感じかなあ」
 問われたことに素直に返した後、はっとした。
 もしかして、もう夕飯のメニューが決まっていると思ったからご飯に誘わなかったのでは。
 もしかして、私また失敗した?
 ここは彼女としては一緒にご飯に行く流れにすべきだったのではないか。
 そう思っても時既に遅し。私がどきどきしながら理人くんを見上げると「野菜からメニュー考えるのか。ツウって感じだな」と感心したふうにわけのわからないことを言っていた。
「ツウって何!」
 私が吹き出すと、理人くんは「え? なんか家事に慣れてる感じっていうか」と照れくさそうに笑った。
 カフェに着いた。私たちは窓際のカウンター席に隣り合って座った。日の長い季節とは言え、外はもう真っ暗だった。窓から見える街灯や店の明かりが夜の街を照らしていた。
 ここまで来る間は何を注文するか等の話で間が持ったが、ドリンクを持って席に着いた途端、話題が尽きてしまった。
 どうしよう。なにか面白いことしゃべらないとだよね。
 ちらりと上目遣いで隣の理人くんを見ると、ばちっと目が合ってしまった。恥ずかしくて慌てて目を逸らす。すると理人くんがふわりと笑った。
「実花のそれ、うまそうじゃん」
 理人くんが私のフラペチーノを指した。夕飯前だが今日は蒸し暑いのでがっつりいきたくなったのだ。
「う、うん、おいしいよ……っと!」
 カップに手が当たってあやうく倒しそうになった。キャッチが間に合った私は肩で息をついた。
「……そんなに緊張しないでよ」
 困ったように理人くんが微笑んだ。私は焦った。
「ご、ごめんね? 私、ひ、人付き合いに慣れてなくって」
「いや、謝ることじゃないし」
 理人くんは鷹揚に微笑んだ。
 理人くんは別に怒ってないのに。余裕な感じなのに。私一人で焦ってる気がする。
 私はさらに情けない気持ちになって弱音を吐いた。
「私ね、理人くんみたいな人とお付き合いするの初めてなの。今まで付き合ってた人たちは、もっとおとなしめの人が多かったから」
 だから緊張しちゃうの、という言葉は言えなかった。
 目の前の理人くんの顔が一瞬にして変わったから。まるで不愉快な言葉を聞いたとでもいうように眉を寄せた。
「り、理人く……」
「……俺みたいなのはタイプじゃないってこと?」
 絞り出すように理人くんが尋ねた。私はぞくりと背筋が冷えた。
 よくわからないけど怒らせた!? あの明るい理人くんを?
 私はぶんぶんと首を振った。
「ち、違うよ、そういう意味じゃないよ。実はタイプって自分でもよくわかんないし。ただ、理人くんみたいな人とは接点があまりなかったってだけで! そもそもタイプじゃなかったら理人くんとお付き合いしてないよ!」
 そこまで一気に言ってぜえはあと息をつく。何か恥ずかしいことを言ってしまったような気もするが、理人くんの誤解は解いておきたかった。
 息が整ってから理人くんを見ると、表情はいつものやわらかいものに戻っていた。私はほっとした。
「ごめん、ちょっと嫉妬した」
「嫉妬?」
 きょとんとすると、理人くんの手が上がりかけた。しかしそれはすぐに元の位置に戻された。その手で拳を作って、理人くんは苦笑した。
「実花がけっこうモテてたみたいだから」
「モテて……? いや、告白されたのは過去二回だけだし、二人とも一ヶ月しないうちに振られたよ」
「モテてんじゃん」
 理人くんは少しふてくされたように頬杖をついた。私は混乱した。
「理人くんくらいモテてる人にとっては、こんなのモテてるうちに入らなくない……?」
「俺モテないよ」
 しれっと言われて私は笑い出した。
「またまたあ、そんなこと言って」
 だってあんなにみんなに人気があるのに。彼女だって途切れたことなさそう。
 けれど理人くんは笑わずに真顔で続けた。
「俺、実花が初めてできた彼女」
「…………え?」