*
「実花! 今帰り?」
季節は初夏に入り、暑さが強まってきた頃。会社の敷地内を門に向かって歩いていると、後ろから理人くんに声を掛けられた。
「うん。理人くんも? 定時で上がれるの珍しいね」
理人くんは嬉しそうににっと笑った。
「ああ。ゴールデンウイーク明けから新入社員の教育係を仰せつかったからさ、しばらくはそっちに専念するようにって」
私はびっくりして手を叩いた。
「教育係なんて、すごいね!」
新入社員は一ヶ月の合同研修を終えたあと、各部署の教育係について指導を受けることになっている。入社当時の私の教育係は係長が兼務していた。
理人くんは照れくさそうに頭をかいた。
「いや、営業部は毎年新入社員入るから、毎年二年めが教育係やるんだよ」
「そうなんだね。でも営業部には同期たくさんいるのに、選ばれるのすごいよ」
理人くんは照れくさそうに頭をかいた。その仕草がかわいくて、私は自然と笑顔になった。
私も頑張らなきゃなー。
ぎゅっと手に力が入る。明日からまたお仕事も資格の勉強も頑張ろう。
「なあ、実花、この後ヒマ?」
理人くんの声で我に返った。
私はきょとんとした。「ヒマ」とはどのくらいの時間があることを指すのだろう。悩んだ末に私は呟いた。
「この後? 夕飯の支度とかあるけど……」
そう返答してからふと気付いた。
いやいや、ちょっと所帯じみ過ぎでは。
「いや、あの、私……」
私は口ごもった。そうじゃない。夕飯の支度があるのは本当だが、言いたいのはそれじゃない。
私は自分の恋愛経験の乏しさに項垂れそうになった。何かもっといい返しはできないものか。
しかし理人くんは私のつまらない返答は気にしていないようで、「じゃあさ」とにかっと歯を見せて笑った。
「夕飯前にちょっとカフェでデートしようよ」
「う、うん」
私はぎこちなく返事をした。すると理人くんはぱあっと表情を明るくした。それを見て私もだんだん心が浮かれてきた。
わー、理人くんと二人でゆっくりするの久しぶりだ。
付き合い始めてからすぐ年度変わりになってお互い仕事が忙しかったので、あまりデートなどの恋人同士らしいことはできていなかった。
嬉しいな。
一瞬浮かれてしまい、慌てる。にやけた顔を元に戻そうときゅっと唇を引き結んだ。落ち着いて気合いを入れ直す。
カフェに寄るくらいなら時間的な問題はない。お付き合いしてるんだし、仕事帰りのデートくらいしなきゃ。
私がうんうんと頷いていると、面白いものを見るように理人くんはにこにことこちらを見つめていた。
「な、なんか変かな」
顔を擦りながらそう尋ねると、理人くんははっとしたように「ごめん、見過ぎた」と目を逸らした。
変なの。
私は小首を傾げたが、理人くんはそれ以上何も言わない。だから私も何も言えなくなった。
「実花! 今帰り?」
季節は初夏に入り、暑さが強まってきた頃。会社の敷地内を門に向かって歩いていると、後ろから理人くんに声を掛けられた。
「うん。理人くんも? 定時で上がれるの珍しいね」
理人くんは嬉しそうににっと笑った。
「ああ。ゴールデンウイーク明けから新入社員の教育係を仰せつかったからさ、しばらくはそっちに専念するようにって」
私はびっくりして手を叩いた。
「教育係なんて、すごいね!」
新入社員は一ヶ月の合同研修を終えたあと、各部署の教育係について指導を受けることになっている。入社当時の私の教育係は係長が兼務していた。
理人くんは照れくさそうに頭をかいた。
「いや、営業部は毎年新入社員入るから、毎年二年めが教育係やるんだよ」
「そうなんだね。でも営業部には同期たくさんいるのに、選ばれるのすごいよ」
理人くんは照れくさそうに頭をかいた。その仕草がかわいくて、私は自然と笑顔になった。
私も頑張らなきゃなー。
ぎゅっと手に力が入る。明日からまたお仕事も資格の勉強も頑張ろう。
「なあ、実花、この後ヒマ?」
理人くんの声で我に返った。
私はきょとんとした。「ヒマ」とはどのくらいの時間があることを指すのだろう。悩んだ末に私は呟いた。
「この後? 夕飯の支度とかあるけど……」
そう返答してからふと気付いた。
いやいや、ちょっと所帯じみ過ぎでは。
「いや、あの、私……」
私は口ごもった。そうじゃない。夕飯の支度があるのは本当だが、言いたいのはそれじゃない。
私は自分の恋愛経験の乏しさに項垂れそうになった。何かもっといい返しはできないものか。
しかし理人くんは私のつまらない返答は気にしていないようで、「じゃあさ」とにかっと歯を見せて笑った。
「夕飯前にちょっとカフェでデートしようよ」
「う、うん」
私はぎこちなく返事をした。すると理人くんはぱあっと表情を明るくした。それを見て私もだんだん心が浮かれてきた。
わー、理人くんと二人でゆっくりするの久しぶりだ。
付き合い始めてからすぐ年度変わりになってお互い仕事が忙しかったので、あまりデートなどの恋人同士らしいことはできていなかった。
嬉しいな。
一瞬浮かれてしまい、慌てる。にやけた顔を元に戻そうときゅっと唇を引き結んだ。落ち着いて気合いを入れ直す。
カフェに寄るくらいなら時間的な問題はない。お付き合いしてるんだし、仕事帰りのデートくらいしなきゃ。
私がうんうんと頷いていると、面白いものを見るように理人くんはにこにことこちらを見つめていた。
「な、なんか変かな」
顔を擦りながらそう尋ねると、理人くんははっとしたように「ごめん、見過ぎた」と目を逸らした。
変なの。
私は小首を傾げたが、理人くんはそれ以上何も言わない。だから私も何も言えなくなった。
