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 それからは社内で会うと雑談を交わす程度の仲にはなった。お昼を食堂で一緒に食べたこともある。でも、それだけだった。
 そんな関係が九ヶ月ほど続き、私たちは入社二年目に入ろうとしていた。
 そして今からほんの二週間ほど前、いきなり理人くんに告白された。いや、告白に予告はないだろうが。かなりの不意打ちだった。
 その日は仕事帰りたまたまエントランスで一緒になった。そのまま流れで駅までの道のりを二人で歩いた。
 駅のコンコースの端で理人くんは急に立ち止まった。斜め後ろを歩いていた私は、理人くんの肩に頭をぶつけそうになった。
「結城くん?」
 見上げて尋ねても、彼はその場を硬直したように動かない。私は心配になってきた。
「どうしたの? どこか具合でも……」
 理人くんは体の向きを変え、私に正面から向き合った。
「ーーずっと遠山さんのこと好きだった。俺と付き合って欲しい」
 その時のことを思うと、頭を抱えたくなる。あろうことか私はきょとんとして「なんで?」と答えてしまったのだ。あまりにも意外なことを言われたから。
 私の言葉に理人くんは戸惑ったようだった。それはそのはずだ。告白していきなり理由を求められたら誰でも戸惑うだろう。
「え、だから、好きだから」
 理人くんは困惑して焦ったように私をみつめた。
 私は目を見開いた。
 何故だ。陽キャの理人くんの周りには同じく明るくて朗らかな人たちが男女問わずたくさんいるのに。
 反対に私は学生時代は地味子と影で呼ぶ人もいるくらいのぱっとしなさだった。大学時代、二人付き合った人がいるけれど、二人とも一ヶ月ともたなかった。二人とも向こうから告白してきた。そして「ごめん。ここまでおとなしいと思わなかった」「おしとやかそうなところ好きだったけど、ちょっと違うなって思って」とか言われて振られたのだ。
 自分が理人くんのようなタイプの人に好かれるとはとうてい思えない。
「私、地味だよ……?」
 首を傾げながら尋ねると、理人くんはぶんぶんと首を横に振った。
「地味じゃないよ! 仕事とか一生懸命だし真面目だし。それに、遠山さんみたいな人のことを地味だと言うなら、地味でも好きだよ」
 地味でも好きだと言われて余計わけがわからなくなった。だから頭がよくまわっていなかったのだと思う。
「だから、俺と付き合って欲しい……」
「はい」
「えっ」
 私の返答に、あの時のように理人くんは目を見開いて固まった。「頭ポンポンはセクハラですよ」と言われた時のように。私はさらに混乱した。
 え? なんで固まるの? もしかして告白罰ゲーム? って、そんな子供じゃあるまいし、それはないか。
 ぐるぐると考え込んでいると、急に目の前から「っしゃ!」と声が上がった。見ると、理人くんがガッツポーズをしていた。どうやら私の返事に喜んでもらえたことは事実らしい。
 そんなに喜んでもらえるとかえって申し訳ないな。
 私はなんとか笑顔を作った。どこか落ち着かない。
「じゃあ、行こっか」
 再び理人くんは改札に向かって歩き出した。私もそわそわしながらも一緒に歩き出した。
「早速だけど、今度の休日暇?」
 ぎくりとした。きっとデートのお誘いだ。
「え、っと、今度は予定が入ってて」
 嘘ではない。予定が入っていて良かった。
「そっかー。じゃあまた今度な!」
「う、うん」
 なんだろう。ドキドキする。
 それは恋愛のドキドキ感ではなくて。一緒にいたらきっと。
 ーーきっとすぐ地味すぎることがわかって嫌いになるよ。
「遠山さん?」
「え? あ、ごめん、ぼっとしてた」
 またすぐ振られるかもしれない。
 そう思うと、かえって「すぐ振られるだろうから、まあ、いいか」と冷静になってしまった。こんな自分が我ながら情けない。
 そうして私は理人くんとお付き合いをすることになったのだ。