頭ポンポンはセクハラです!~不器用地味子の恋のお相手~

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 理人くんは私と同期だ。一年前にこのメーカーに新卒で入社した。
 その年の新入社員は五十人ほどいた。同期と言っても新入社員研修で同じグループになることはなく、彼とはほとんど話したことはなかった。地味な私と違い、彼は新入社員の中でも陽キャグループと言われそうな所に属していたから接点がなかった、ということもある。
 そのまま特に接点はないまま、彼は営業部に、私は人事部に配属され、接点は消えた、かのように見えた。
 その二人の点が繋がったのは、ある梅雨時の休日のことだった。
 部内の環境には慣れてきたが、仕事にはあまり慣れていなかった。もっと私に知識があればスムーズに仕事ができるのではないかと思った私は、何か資格を取ろうと思い至った。今から思えば、与えられた仕事に慣れるのが先決だったような気もするが。
 その日私は自宅マンション近くのカフェに向かった。外は雨だったが、家では気分が乗らなかったので外出したのだ。
 外は強い雨で薄暗くけぶっていたが、店内はほのぼのと明るかった。リフレッシュできるかと思い、大きな観葉植物の近くの席に腰を落ち着けた。
 パソコンを開く。まずはどの資格の取得を目指すかだ。私は入社時に人事部でもらったテキストを眺めながら考えた。行政書士、社会保険労務士……。
 パソコンとにらめっこをしていると、ふいに声を掛けられた。
「あれ? 遠山さんだよね?」
 顔を上げたが、すぐに名前は思い出せなかった。薄青のシャツを着た背の高い男性がにこにこしながらこちらに近寄ってきていた。
 同期の、えっと、イケメンだって騒がれていた……。
 私が口ごもっていると、彼は困ったように笑いながら「俺、同期の結城理人(ゆうきりひと)」と自分の顔を指さした。解答をもらって私はほっとした。
「そ、そうだ、結城くん! こんにちは」
 すると理人くんはにっと笑顔を見せた。
「休日にも仕事? 真面目だねー」
 理人くんは爽やかに言い放った。けれどその言葉がなんとなく嫌味に聞こえてしまった当時の私は「仕事じゃないですよ……」としゅんとして呟いた。そしてふいっとパソコンに顔を戻してから気付いた。
 あ! 今の感じ悪かったかも。
 私は慌てて顔を上げた。
「な、何か資格取ろっかなーって思ってたんです!」
「へえ! すごいじゃん」
 理人くんは私の態度は気にならなかったのか、驚いたように褒めてくれた。それが少し嬉しかった。私は理人くんを見上げたままはにかんだ。理人くんの顔がふっと真顔になった。
「なんですか?」
 私が首を傾げた瞬間、理人くんの手がすっと頭の上に伸びてきた。
「ふえ?」
 妙な声を上げてしまったのは、頭に触れられたからだ。そのまますっと髪を撫でられる。 え? 何してるんだろう、この人。
 私が混乱していると、理人くんの手は軽くポンポンと私の頭の上で跳ねた。
「頑張れよ」
 頭が真っ白になった。
 応援してもらえて嬉しいはずだった。が、頭を撫でられるなどという、小学校以来の出来事に感情がついていかなかった。頭に浮かんだのは、先程まで見ていた人事部のテキストだけ。
 だから気付いたら言っていた。
「……頭ポンポンはセクハラですよ」
「えっ」
 理人くんは私の頭に手を載せたまま目を見開いて固まった。
 ーーしまった!
 私は自分の失敗に気付いた。
 ここは社外だ。しかも理人くんは私を励ましてくれようとしただけだ。いきなり頭に触られたのはびっくりしたけど、彼は陽キャだ。特に深い意味などなかったに違いない。
 それなのに、何勘違いしてんだこの女、みたいに思われる! もしくは、これだから地味子はって、思われる!
 ーーそれ以前に、せっかくの人の好意をセクハラ扱いしてしまった!
 私は焦った。とにかく謝らなければ。
 そう思ったのだが。
「うわ! だよな、ごめんな」
 ぱっと理人くんは私の頭から手を離した。私は気まずくなって「いや、あの、違くて」とぶつぶつ言って両手を左右に振った。
 私は思わず椅子から立ち上がった。その拍子にパソコンに腕をぶつけたが、そんなことにかまっていられない。
「違うの、ごめんなさい! 私の頭が固いんで! うわああ、私ってばなんて失礼なことを!」
 私は頭を抱えた。恥ずかしくて顔を上げられない。
 その慌てぶりがおかしかったのか、理人くんはぷっと吹き出した。
「いや、いいよ。研修で習ったばっかだし。頭ポンポンとかセクハラだって。研修が身についてなかった俺が悪いし」
「でも……」
 なおもぶつぶつ言いそうになる私に、理人くんはかぶせて言った。
「じゃ、勉強の邪魔して悪かったな。また会社でな」
 理人くんは笑顔を見せて去って行った。そして気を遣ったのか、こちらからは見えない少し離れたテーブルに着いたようだ。
 気にしないんだ。あんなにびっくりした顔してたのに。やっぱり陽キャは違うんだな。
 嫌味や当てこすりではなく、純粋に尊敬した。
 いい人で良かったな。
 ほっとして私は再びパソコンに向き合った。 それが理人くんとまともにしゃべった初めてのことだった。