土曜日の塾の日は、いつもより少し早く授業が始まる。
教室に入ると、祐樹くんと海也くんがなにやら話していた。
私に気づいた途端、祐樹くんが海也くんをからかっていて……(なにがあったんだろう?)と気になってしまった。

今日は珍しく髪を下ろしてきたけど、勉強するには少し邪魔みたい。
問題を解いていると、髪が前にかかってきて、そのたびに手で後ろに払っていた。
……すると、なぜか隣の海也くんがちらちら見てくる。

(もしかして、髪が当たってた!?それは申し訳なさすぎる……)
そう思って耳に掛けてみたけど――それもまた見てくる。

(な、なんなの!?)

そんなことを考えていたら、小テストを印刷してもらおうと海也くんがプリントの入ったボックスを触った瞬間――

「バサバサッ!」
中身が全部、床に落ちてしまった。

慌てて元に戻したものの、また同じように倒れそうになっていて……見ていられなくなった私は、思わず声をかけた。

「ねえねえ」
「ん///」
「そのボックス、立てかけるんじゃなくて、寝せてみれば? そしたら倒れないんじゃない?」
「……頭いいね!」
「そんなことないよ」

けれど、寝かせたボックスの口が通路側に向いてしまい、再び“なだれ”の予感が。

「あの、向きは通路じゃなくて壁側にしたほうがいいかも」
「確かに!!ほんと、頭いいね」
「普通じゃない?(笑)」
「そんなことないって」
「え〜嘘〜(笑)」

そんなやりとりのあと、海也くんがふいにこちらを見て言った。

「あのさ、千春さんだよね?」
「えっ……なんで私の名前知ってるの?」
「今日、楓華さんからDMきて。“千春ちゃん知ってる?”って聞かれて」
「そういうことか。実は私も、昨日の習い事で海也くんって名前を知ったんだよね」

すると、前から明るい声が飛んできた。

「もしかして、英会話教室が一緒なの?」

振り返ると、可愛らしい雰囲気の女の子が立っていた。

「あっ、はい」
「そうなんだ〜!千春ちゃんね、覚える!」
「えっと……名前、なんていうの?」
園田優花(そのだ ゆうか)だよ〜」
「覚えるね! あっ、私は一条千春です!」
「よろしくね〜」
「うん!」

「なんか、僕だけ置いてかれてるんだけど……」
横で海也くんが小さくぼやいた。

「ごめんね」
「別にいいけど……」
「ありがとう」
「うん///」

そこからまた、楓華のことや英会話教室の話で盛り上がる。

――今日が、海也くんと優花ちゃんと初めて話せた日だった。そこから、距離が少しずつ縮まっていった。