恋の囚人番号251107都合いい女

「おっはよ~。おめでと私達」
マリがコウヘイと後ろからやって来た。
「お前パトカーで来た?」
「は?」
「コウヘイ相変わらず意味わかんね」
マリが呆れてため息ついた。

「意味わかんねと言えばさ。月。」
なんの気なしに、
ふとした気がかかりを口にする。

「月?」
マリとコウヘイが同時に聞き返した。

「見えないのにさ。
さっき銀丈くんが、綺麗だねって
⋯なんだろね?」

今日で最後の校舎をペタペタ歩く。

「月みたく、せりも綺麗だぜ的な?なぞなぞ?」
当てずっぽうのマリは、
言ってはみたものの自信はなさげだった。

「月?ん~~⋯」
コウヘイは、腕組んで上むいて歩いて
つまずいた。バカだなぁ。


「早く教室入れー」
ちょっとおめかしした担任の先生が
大きな声で呼んだ。

赤い造花を胸につけ
薄ら寒い体育館の扉が開くと
紅白幕が壁一面にぶら下がっていた。
「卒業生、入場」
の号令とともに粛々と
少し緊張した私達が吸い込まれていく。

音を立てないよう静かに着席すると
斜め前のコウヘイが
「あっ!!!」
大きな声をあげた。

バカッ。まじで。

後ろを振り返り
これでもかってくらい
目と口を開けて私を見た。

こっち見んな。前!
口パクで前を指差す。


コウヘイは
天井を指さしなんか言ってる。

「ウニ?栗?虫?」
なんだ?意味わかんない。
不可解なコウヘイに
ヒヤヒヤイライラしてたら

携帯のバイブが揺れた。

もぉっ。
ため息ついてコウヘイを無視し
こっそり下向いて携帯を確認した。

コウヘイから?


(英語教師をしていた頃の夏目漱石が、
「I love you」を、「我君を愛す」と
翻訳した教え子に対し、
「日本人はそんなことは言わない。
月が綺麗ですね、
とでも訳しておきなさい」と言った。)


コウヘイが指さした天井は
月だ。


スクショで切り取られた文字を目で追い
見えない月の意味を知った。

I love you…


初めての


愛してる



もう卒業式なんて
なんの話も頭に入んない。

今すぐワープして
銀丈くんのところに行きたい。


私も伝えたい。

好きより
大好きより
もっと もっと大きい
甘くて重い特別な言葉。


長く感じた卒業式が
定刻通り終わり
「卒業生退場」
の掛け声にすすり泣きとホタルの光が
聞こえたけど
私は高校生活に思いを馳せて
感傷に浸る気分なんか
しょーじき1ミリもなかった。

HRの間も
友達と写真を取りまくる間も
窓の外が気になって
ずっと銀丈くんの言葉を脳内再生してた。


卒業式終わったら
迎えに来てってお願いしといて良かったな。
少しでも早く会いたいもん。

早目に門に着いちゃって
ソワソワしてた。

友達が通るたび
うわの空で挨拶を交わした。

マリとコウヘイも通り過ぎてった。


段々人がまばらになって
そのうち午後からの部活に登校する子達に
不思議そうに見られるようになり


夕方になった。



銀丈くんの携帯は
"お掛けになった電話番号は⋯"
を繰り返す。



もう嫌な予感しかしなくなってた。
また私は心配しかできなくなってた。



最後だから学校送るって言った。

最後って?

月が綺麗だと
言ったあの時の顔。

じゃあな。と言った銀丈くん。

バラバラのピースが
軋みながら重なると


もう会えないって
答えを指した。



銀丈くんは
知ってたんだ。



今日で最後って。



卒業式が終わっても
銀丈くんは、来なかった。