恋の囚人番号251107都合いい女

「そこ冷蔵庫。なんか適当に飲んでて。
シャワー浴びてくる。」

ネクタイを人差し指で引っ掛けて外し、
ジャケットと一緒に
カウンターのハイチェアに無造作にかけると、
銀丈くんはさっさと消えた。

シワになっちゃうよね⋯

せめて整えて掛けようとしたら、
スーツのジャケットもネクタイもGUCCIのタグ。
車といい、スーツといい
お金持ちな24歳なのかな?大人だから?
なんとも一般JKには想像がつかない。

キラキラ宝石箱の夜景と
パックリと湾曲して切り取られた暗闇の海が見える
マンションの最上階。
広いリビングには大きくて高い窓が
the夜景を映している。

「すご」
グレ−と黒で統一された部屋は
生活感がなくてモデルハウスみたいだった。

甘くて淫靡なバニラのお香とメロウなR&Bは私好みで
初めてきた部屋だけど緊張はスルスルと溶けていった。


鏡面の黒い冷蔵庫は壁に備え付け。
「でか」
家電店じゃ見たことないタイプ。

冷蔵庫の扉に映る自分と目が合った。

さっき重なった唇や繋いだ手に視線を移すと
急に心臓が大きく脈打った。

落ち着け私。
そう言い聞かせて冷蔵庫の重い扉を開けた。

眩しい白色灯が
室内の間接照明に負けないよう発光している。
ガラーンとした空間にには
perrierと書かれた綺麗な緑の瓶がいくつも並んでた。
一本取って開けると無機質な炭酸が喉を貫いた。

あとは⋯
「ビールばっか」
調味料もお惣菜も何もない。

リビングを遮る扉が開いた物音に振り返ると、
ラフにバスローブを引っ掛けた銀丈くんがいた。

ペタ、ペタと歩くたびに
裾がはだけて黒いボクサーパンツから
筋肉質な長い脚が見えた。

冷蔵庫まで来ると、
私の後ろに立って肩越しに手を伸ばし、
バスっと冷蔵庫を開けた。

私のすぐ後ろにいる。
バスローブごしの体温を背中に感じた。

鏡面に映る開けた胸元から
引き締まった身体が覗いていたから
思わず俯いてしまう。

男の人と二人きり。
こんなに近く。
別に初めてじゃないけど。

クラブに行けば、コウヘイ以外の男と
ノリで密着して音に身を任せることだって
何度もあるのに。

すごくドキドキした。

「入れば?ハウスキーパー来たばっかだから
まだタオルもバスローブもあるし。」
迷わずビールを取ると
すぐに喉を鳴らして豪快に飲んだ。

銀丈くんは、私の心拍なんて全く気にする素振りもなく
ソファへ座ると煙草に火をつけた。



言われるがままバスルームへ向かうと
まだ湯気が立っていた。
甘い部屋とは違う
爽やかなシャンプーの香りが残っていた。

ハウスキーパー?
そんなの日常に来る人いるんだなぁ〜なんて
ぼんやり考えながら見渡す。

確かに、きちんと畳まれたふかふかのバスタオルや、
行儀よく並べられたバスローブがあった。
広い洗面台と浴室は、ガラスの扉で仕切られていて
大きなひまわりみたいなシャワーが
高い位置から見下ろしていた。

あ、クレンジングないや。
ってか風呂入ってたとこだったしなぁ。

今更気づいてどうするべきが正解か迷ったけど、
メイクポーチからシュシュを取り出し
軽くアップスタイルにまとめて濡れないように、
メイクも落とさず手短に済ませた。

リビングに戻ると、
銀丈くんは、ソファに座り2本目のビールを飲みながら
PCを叩いていた。
横に座りおそろいのバスローブで並ぶ。

着慣れない大きなバスローブは、
きつく結んでも肩からはだけそうになる。
銀丈くんが横目で視線を送ってきたから一瞬目が合った。

「ちょっと待って。仕事片付ける」
急に恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

どこともなくPCを操る指先を見ながら、
左肩に頭を預け寄りかかると、

銀丈くんはPCを見つめキーボードを叩きながら
長い左足で、私の背中を跨ぎ
すっぽり両足で私を囲った。

バッグハグされる形で両肩をホールドされ、
右肩から覗き込むように顎を乗せている。

「全部英語だ。」
「ん?おぅ。」
全く何してるのかわかんないけど、
相変わらず規則正しくキーボードを叩く音は
静かに続いている。

息と濡れた髪が、
首筋にかかってジンジンしてくる。
スルスルと溶けていったはずの緊張がぶり返すけど、
この緊張は熱を帯びていて、心地よい。

「ん⋯」
首筋に軽く当てられた唇から
濡れた舌先を出してなぞるから、
思わず声が漏れた。

舌先は、首筋をおりて肩をつたい
甘噛みに変わる。

まだキーボードの音は続いていたけれど、
伸びる両腕に自分の腕を絡め指先は手の甲へ滑らせた。
「あとちょっと」
銀丈くんは、ふっと笑ってうなじにキスをした。

私は、まるでお預け食らって
我慢できずにいるワンコみたいだった。

でもその通り。
待ってる、この続きを。


「はい。終わりっと。」
Enterを勢いよく叩くと、
あっという間にバスローブの肩を剥いて
片手で後ろから抱きしめられた。

匂いを確かめるように大きく息を吸い込み
もう片方の手は私の髪に絡ませ
しゅしゅを優しく抜き取ると放り投げた。

恥ずかしさで、ドキドキが聞こえそう。

手のひらに頭を預けると、
むき出しになった首筋や肩や背中に
銀丈くんの舌が這う。

私はお腹の底からゾクゾクして長い長い吐息を漏らした。

「お前の髪いい匂い」
首だけゆっくり回して後ろを振り向くと、
黒く長い睫毛影を作る視線とぶつかった。

少し顎を上げると、視線がぶつかる。
優しくキス⋯
かと思いきや、
長くて柔らかくて熱い舌が絡まって
息もできないほど私を弄んだ。

チュ⋯チュパ⋯チュパ⋯

キスだけなのに、卑猥な音が室内に響く。

自分でもびっくりするぐらい高揚してる。

くるりと体ごと向きを変えて
銀丈くんに跨って両手で頬に触れた。
薄暗い照明なのに
まっすぐな瞳に真正面から射抜かれる。

はしたないと思われてもいい。
今、この瞬間
「もっと⋯全部欲しい」
思いが口をついた。

「容赦しねぇからな。」
そう言っていたずらっ子みたいにニヤリと笑った。

私は簡単に
ぱっくり空いた恋の穴に落ちた。

堕ちた。