恋の囚人番号251107都合いい女

「なんてな。」


え?え?

えぇぇぇぇぇぇーーーーー!

すでに至近距離に気配は感じない。
目を開けると
銀丈くんは運転席に体を戻し、
悪戯っこの顔をして唇に端っこで笑ってた。

「行こ」
余韻も説明もなく運転席を降りた。


えぇぇぇぇーーーーー



まもなく梅雨を告げる夜のバラ園は、
湿気を含んだバラの香りが
あちこちで浮遊していた。

散歩する人
ベンチに座る人
薔薇を愛でる人
どの人も思い思いに肩を寄せあい
恋に侵されているようだった。

横を盗み見上げると、
広い肩幅と長い手足、
均整の取れた身体を称えるように包む黒いスーツは
完全に漆黒の騎士だった。
「かっこよ」
「え?」
不思議そうに見つめてきた銀丈くん。
思わず漏れた私の心の声にきょとんとしていた。

さっきキスされるかと思ったのに
悪戯だったと笑う顔も、
今のきょとんな顔も、
今日初めて見るどの顔も

やっぱりいいな
と思ってしまうのは
チョロいかな?

トクン…トクン…
鼓動が大きくなりだした。



「それにしても、カップルばっか。きまじー。
ジンくんが、ここ行けって言うからさぁ。
やられた。」
本当に気まずそうにするところが、
ますますわいらしくて、
騎士の佇まいとのギャップに
くらくらしそうだった。


「本当に来たことないんだ?ここ有名だよ」
込み上げる可笑しさを隠せなかった。

「いやまじで初。
俺中高あっちだったからさ。
そんくらいの奴らが行くとこ知らね〜んだよね。
ジンくん、やけに張り切ると思ったらそういうことか〜
騙された。」
最後はぼやき出した。


あっち?こっち?
キョロキョロする私を見て

「いや待て。お前」
銀丈くんが笑う。

「あっちこっちって近所探すなよ。面白っ。」

ヒソヒソ愛を交わし合うカップル達が
銀丈くんの笑い声に
顔を上げたり振り返ったりしていた。

こんな声出して笑うんだ。


「ちょっ。笑いすぎ!もぉっ。」
ぷぅっと頬を膨らませ、
人差し指を唇に当てながら
銀丈くんを見上げて睨む。

銀丈くんはスッと笑みを飲み込み、
月明かりをバッグに私の前に立ちはだかると、
必死に内緒のポーズにしてる私の手を掴んだ。

膨らませた頬は、
銀丈くんの大きな左手が包み込み、
抗議で尖らせていた唇だけが
不安げに露出する。

「しーっ」

銀丈くんが言ったあと。
ほんの一瞬の出来事だった。

一瞬で静寂が辺りを包み、
月明かりを遮るように
至近距離の銀丈くんと唇が重なった。

銀丈くんの香りとバラの空気
静けさとは打って変わって刻む私の鼓動
柔らかい感触と
ほんのり吸い込むタバコの味

軽いキスだったはずなのに
唇が離れても力が入らなくて
呆然としてしまう。
頭をコツンとスーツの胸元に預けたら、
腰に手を回し頭をポンポンって撫でてくれた。

その後は、
一言二言話した気もするけど、
繋いだ手が熱くて
足元ばかり見て歩いていた。
どのタイミングで繋いだのかすら思い出せないくらい。

どっちから繋いだの?
でも
ずっと繋いでいたみたいに
触れた手が心地よかった。



駐車場に戻ってエンジンをかける。
湿った外気は遮断され
ひんやりとした空気が髪を撫でた。

銀丈くんは何事もなかったようにタバコに火をつけ、
少し窓を開けると
ふーーーっと長い息を吐いた。

煙を吐く唇を見つめてしまう。


あの唇がさっき重なったんだ…。


タバコを細長い指で挟み
ハンドルに掛けてる手を見つめれば、
私の腰を触れたんだ⋯。と
脳内リプレイしては
今夜何度目かの目眩が鼓動を早める。


「俺んちいく?」

横顔を少しだけ私に向けると
視線の端で私の答えを待っている。

ゆっくり振り向き
銀丈くんの横顔にまつ毛を揺らして
頷いた。


帰りたくないって顔してるにバレちゃったかな⋯

銀丈くんは、視線を前に戻して
もう一度タバコの煙を窓の外へ吐くと、
アクセルを踏んだ。

「あんま見んなよ」

そう言って笑う横顔を
私はきっと忘れない。

ズット ズット 見テイタカッタノニ⋯