恋の囚人番号251107都合いい女


大きすぎず
小さすぎずの駅のロータリーは人も車も多い。
金曜ということもあり
町はまだ活気にあふれている時間だった。


黒い車と言われていたけれど
情報不足過ぎて見当もつかず、
きょろきょろしていたら、
不意に強烈なスポットライトのように
ハイビームで照らされ、視界が真っ白になった。


光を辿ると黒い車が止まってた。
黒光りのバカでかい車体の真ん中には
誰でも知ってる外国車のエンブレムが
ビッカビカに光ってる。

運転席に近づくと
スーッとウィンドウが下がった。

2週間前に、一瞬で見惚れた顔が
見下ろせる位置にある。


ラフに後ろへ流した黒髪のせいで、
形のいい眉も、
ちょっとつり目な切れ長の目も、
薄くて大きな唇も、
筋の通った鼻も
柔らかそうな耳たぶも
丸見えで。

整った顔に完全に見とれて、
息すること
忘れてた。

時が。止まる。


そんな感覚。だったのに


「せりちゃ~ん。おつ~」
ん?見とれた主の口元は一切動いていない。

完全にノールックだった助手席から声がした。
あの日、なんやかんや世話を焼いてくれた
”隣のロン毛”ジンくんだった。


「後ろ乗って。」
ようやく運転席から声がした。

声がいい。
低い#Fみたいな心地よい声に反応して改めて顔を見る。


あぁそうだ
あの夜
この顔と声に痺れたんだ。


再確認してから
吸い込まれるように後部座席に乗り込み、
びっくりするほど座り心地の良いシートに沈むと、
深呼吸で落ち着いたはずの心臓が
とんでもない心拍を刻み始めた。

車はすぐに滑るように走り出し、
細く長い指先が静かにハンドルを操っている。

”隣のロン毛”のジンくんが主に喋っていて
銀丈くんは聞き役のことの方が多い。
阿吽の呼吸で繰り出す相槌は、
二人の関係が旧知の仲だと、
すぐわかるくらい絶妙だった。

たまに、「~だよな?」
とか私に話しかけてくるのは
やっぱりジンくん。

LINEを送ってきたのはジンくんじゃないかな?
って思うくらい
銀丈くんは私に無関心だった。


何処へ連れて行かれるのかもわからない。
なんで呼ばれたのかもわからない。

なんだか違和感を感じてたのは
二人がスーツを着ていたからかもしれない。

あの日のラフな格好と違って
二人ともしっかり着慣れてて
”大人”のいでたちだった。

でも、
正統派のビジネスマンには見えない。
ホスト風情のチャラさもない。

あ、この人なんか悪い人かもって
直感で思っちゃう雰囲気が漂ってる。

ジンくんはすでにネクタイを外していたけれど、
銀丈くんは
まだネクタイを締めているようだった。
後部座席からはネクタイが見えないが、
首の後ろの襟の形がそう示していた。

会って2度目の男の車に
何も知らず乗っていることが、
今更ながら急に不安になり
みぞおちが縮むような気がした。

いかつい車に、怪しいスーツの二人組。
私・・・詰んだ?


相変わらずジンくんはしゃべり続けていたけど、
気のせいかと思いたくて、
空気のように気配を消して、
窓の外を眺めた。



ハイカラと成長を
箱に入れてひっくり返したような港町が
窓の外で流れていく。
レンガのモダンなBarやカフェがあったり、

景観を売りにしたホテルが
キリンの背比べのように並んでいたり、

停泊船や観覧車を眺めながら
恋人たちが寄り添うベンチがあったり、

異国情緒を残しながら
いつもどこかで工事をしている
サグラダファミリアのようなこの町が
私は好きだ。
最寄駅からそう遠くないこの辺りは
昼も夜も賑わっている。

そんなキラキラしたエリアを
少し通り過ぎたところで車は止まった。


「銀さんきゅ。バイバイせりちゃん。」
ひらひらと手を振り踵を返すと、
ロン毛を束ねていたゴムをほどき、
わしゃわしゃっと髪をかき上げると、
大きく伸びをしながら歩いて
白煉瓦のエントランスに消えていった。



「前くれば?」
急に#Fが聞こえたから
「あ・・・うん。」
が、精いっぱいだった。

自他ともに認めるギャルではあるけど
人見知り。

自覚してるけど。

気になる男に
こんなきょどった反応しかできないほど
ウブじゃないはずなのに。

イケメンの破壊力ってすごいなぁ。

後部座席を下りて
助手席のドアをあけながら、
いつもの調子が出ない自分のポンコツさが
自己肯定感をちょっぴり下げた。


「どっか、いく?」
助手席に座ったから
さっきより#Fが近くに聞こえる。

スパイシーだけど甘い香りが鼻腔をくすぐる。
これが銀丈くんの纏う香りだ、と
認識したら軽く眩暈がした。


どうした私?!


「なんでスーツ?」
聞かれたことに答えもせず、
突拍子もない質問をしてしまったけど
「仕事の帰りだから」
即答して
「近くだったなと思って。」と続けた。


「で、どっかいく?」
再び聞いてきた声が、
最初の聞きかたより、
ほんのちょっと早くて強い。


銀丈くんについて、わかったこと2つ。
口数少ない、短気。

「仕事帰り疲れてるよね?
今ドライブしたから特に平気。」

強がりでもなんでもなく
こんなダメダメな返しをしたのは・・・


一言も話しかけず後部座席に放置だったのに、
急にどっかいくとかある?!

っつかなんで私よばれたの?!

って、人としてまっとうな疑問から。


顔良し・声良し・匂い良しな
3点セットの銀丈くんだったけど
(もはや過去形だし)
コミュ障疑惑が面倒くさくなって

一目惚れあてになんなーい
って
思い始めちゃった。

無理じゃね?
なんもなくね?
もう、いっか的な
ジャッジを下そうとしたとき



「明日休みだろ?じゃ少しドライブしよ。」
言い終わらないうちに、
ドアロックとアクセルが同時進行した。

え?メンタルつよ。

滑るように走る車に身を任せ、
無言のドライブ20分。
洋館やバラ園の並ぶ小高い丘に到着した。



ここ、、、。
夜景が見渡せる公園で有名なカップルスポット。
なんてベタすぎチョイス。

駐車場に停めるほんのひと間、
後ろを確認する瞬間に目が合った。

やっぱかっこいいんだよなぁ。

「高校生はこーゆーとこがいいんだろ?
俺初だけど、とりま降りるか。」

高校生はロマンチックな公園が好きって思う
ギャップ萌えピュアさが可愛くて
思わずクスリと笑ってしまった。
ジャッジ撤回しよかな。


「なに?」
エンジンを止めて改めて目が合う。
まっすぐな瞳に私が映ってた。

「可愛いな〜って思って。」
思わず笑みと本音がこぼれた。

「は?」
わずかに目が大きくなって
ふいっと正面に顔を戻してしまった。

あ、嫌だったかな⋯。
よく知らない女子高生に
可愛い呼ばわりされて
怒ったかな。

「ごめん。」
小さく詫びて俯くしかなかった。


「ん?何が?」

膝の上でグーにした両手を見つめるしかなかった。
ネイルが手の拳の中で刺さる。


私の頭上に大きな左手がフワッと降りてきた。
スパイシーで甘い香りが、
車内の空気を揺らし
さらに近く香る。


2週間前に私が差し出して
ちょこんと握ってくれた指先を、
今度は私から頭上で捕まえた。

私、今どんな顔してるんだろう…。
でも、
なんか…
離したくないな。


ゆっくり運転席へ顔を向けると
「降りれないだろ」
クシャッと笑って私の手ごと頭を引き寄せた。

スッと顔を傾け、
あっという間に顔が近づく。


至近距離の香りに頭が痺れてまつ毛が揺れる。


目を閉じると、
銀丈くんを鼻先が触れるほど近くで感じた。
息がかかる。
唇の気配を感じた。