恋の囚人番号251107都合いい女

殷雷(いんらい)組 組長本宅。

長い廊下を渡り、
静かな庭園を横目に見ながら奥まで進むと
既に着席していた桜庭がいた。

ふんぞり返って茶を啜ってやがる。
相変わらずムカつく顔だ。

「お疲れ様です」
形式通りに頭を下げ正面に腰を下ろすと
後ろにジンくんが立った。

「おぅ。ひでぇ面だな。色男が台無しか」
痣の残る目尻や口元の切り傷を見て
嫌味を言う桜庭の顔が、ニヤリと歪む。

「躾のなってねぇ犬がいたんで。」
「何ぃ?」
あからさまに苛立ちを見せる桜庭を
涼しく見据えた。

「お疲れ様です!」
ジンくんが仰々しく頭を下げると
隣に兄貴が座った。
上座に、親父が来た。

「銀。お前、桜庭んとこのもん
ハジこうとしたらしいな」
威圧感のある声に緊張が漂う。

「親父。最初にカタギの女さらったのは桜庭です。」
兄貴が口火を切った。

「俺じゃねぇ。」
憮然と桜庭が言い放つ。

「おい。口挟むな。銀に聞いてんだ。」
一瞬で場がピリついた。

「事実です。」
「4人全員病院送りだぞ。」
「はい。」
「兄貴分の部下、半殺しの始末どうつけんだ」
淡々と親父の声が続く。
桜庭がニヤついている。

ふん。そう言うことか。

親父に向けていた視線を桜庭に投げる。

「ホステスに振られた腹いせに、
人の女縛り上げるようなクソ野郎。
始末して何が悪ぃんだ。半殺し?
半分生きてんだけでもありがたいと思えっつーんだよ。」

「てめぇ!!!」
桜庭はしわくちゃの顔で沸騰してた。

愉快だぜ。
誰がおめーの筋書きに乗るかっ。

「大方、俺に火ぃつけて、
手打ちの土産に兄貴の利権でも
かすめ盗ろうって魂胆だろ。」

小賢しいんだよ。
そんなもんのために、
アイツを使うなんて
ふざけんなっつーんだよ。
震えながら必死で作った笑顔が浮かんで
拳を握った。


「あんな小娘、制服剥いたらただの売女だろ。」
悔し紛れに吐き捨てた桜庭の言葉に
こめかみがひりついた。

ダンッ!!!

応接セットのテーブルに片足を上げ
桜場に詰め寄る。

「俺じゃねぇって言ってたよな?
じゃぁ何で、俺の可愛い女が、
制服着た小娘って知ってんだよ。あっ?」

はっ。バカが。
自分から謳いやがって。



「ワッハッハッハ!」
豪快に笑う親父の声が室内に広がった。

「桜庭。お前の負けだな。銀、足下ろせ。」

ちっ。
親父、全部知ってやがったな。


「っ!親父!
こっちは4人も入院したんですよ!」
桜庭が必死に訴えている。
「お前はカタギの⋯しかも学生さんをさらったんだろが。」
鋭い眼光を向けた。
「でも⋯!!!」

でも、じゃねーんだよ。

「桜庭。」
兄貴が、静かに声を掛けた。
「見舞金◯千万と南町一帯のシノギで手打ちだ。」

「え?」
思わず声が出た。
兄貴⋯?

驚いて見たところで
兄貴の表情は1mmも動かず
目配せされた奴が
紙袋と書類をテーブルに置いた。

「金輪際、銀丈と女を
的に掛けるようなことは一切止めろ。」

有無を言わさない迫力で桜庭に告げる兄貴と
完全に飲まれた桜庭とでは
格の違いが明白だった。

「桜庭。いいな。」

親父までも後押ししやがる。


「はい。」
テーブルの土産をそそくさと抱え、
席を立った桜庭は、通りすがりに俺の肩を叩いて
「ケツ拭いてくれる兄貴がいて良かったな、小僧」
と、耳打ちして出て行った。


これじゃ俺の負けじゃねーか。
桜庭の思い通りじゃねーか。


「兄貴っ!なんだよあれ!」
観葉植物の鉢植えを力任せに蹴り飛ばした。

「誰得だよっ!向こうから仕掛けてきたんだぞ!」

なんで土産持たせてサラッと帰してんだよ。
アイツあんな目に合わせといて
詫びもねーんだぞ!


兄は咥え煙草のまま、銀丈のもとへ歩み寄ると
肩を掴み、みぞおちに強烈なパンチを見舞った。


ゴフッ
思わずよろけて
こみ上げる胃液でえづきそうになった。


「正面から噛み付くだけならバカでもできんだよ。
喧嘩の仕方ぐらい覚えろ。クソガキが」

「剣竜組と抗争になったら、
桜庭は使い道のある駒だ。
あいつは知らねーが、
南町は別エリアとの交渉に使うため
いずれ剣竜組に渡す手筈だから旨味はない。
刀を抜くときは今じゃねーんだ。
守りたかったら堪え時も学んどけ。」


返す言葉がなかった。
目の前しか見えてなかった。
後先考えてなかった。
勢いだけでねじ伏せようとしてた。
バカだな、俺。

兄貴の言う通りだ。

こんなんじゃ⋯

「いいじゃねぇか。
大事なもんのために
体張って一歩も引かねぇのが男だろ。なぁ。」

親父が、一家を率いる組長の顔から
兄弟喧嘩の仲裁をする親父の顔になっていた。

「たまには飯でも食ってけ。
自慢の息子が2人も揃ってんだからよ。」


「親父は銀に甘いんだよ。」
「お前もだろ。」
兄貴と親父が言い合う後ろを歩きながら

でっけぇ背中だなぁ。
いずれ超えてやるけど
まずは、並ばなきゃな。

反抗期を終えた高校生みたいなことを考えてた。


こんな話
アイツは聞いてくれるかな?