恋の囚人番号251107都合いい女

「せり〜。お風呂入っちゃって〜。」
ママが苛立ちを隠す時のやけに延びた声が、
階段下から追いかけてくる。

「あーい」

なんかしてたわけじゃない。
ただベッドに横になり天井を見てただけ。

神妙に手なんか胸の前で組んだところで、
ため息しか出てこない。

長すぎる2週間
ドキドキハラハラしながら過ごしたのに。

何もない。

ここ数日なんてドキドキどころか、
グルグルとドロドロしか残ってなくて。

まるで
這い上がれない落とし穴に落ちた気分だった。

「最悪かよ」
こみ上げる酸っぱい感情に蓋をしたくて、
勢いつけてうつ伏せなり枕に顔を埋めた。

苦しくなるまで息も止めた。
だって、すでに苦しいんだもん。
待つだけってなんか苦しい。

そんなに気になるなら
こっちから連絡すればいーんだけど、
がっついてるって思われたくない。
このありきたりの感情を
プライドと呼ぶのかな。
面倒くさい⋯。





っプハーッ!ハァハァ。

ほんとに息苦しくて思わずのけぞった。
「ばかくさ」
ノロノロと体を起こしバスルームへ向かった。


トリートメントした髪をホットタオルで巻いて、
バスタブにふんぞり返りながら
携帯から流れる音色に細胞を浸す。

熱い夜を過ごした後のような、
ちょっぴり物悲しい声が旋律をなぞる。
そのまま耳を傾け、体を預け
イランイランの香り漂う浴室にいると、
五感がほどけていく気がした。


ピンコン♪


突如全てをぶった切るような機械音に、
ギョッとする。

LINEの通知音に、
すべて台無しにされ体を起こす。

私の癒しをぶち壊したのは誰だよ、絶対マリ。
もぉー。

送信元のアイコンを見て再度ギョッとした。


獅子の横顔を象ったトライバルデザインのアイコンには「GINJYO」の6文字

え?

「家どのへん?」

ファーストコンタクトから
一切音沙汰なかったときの、
1番最初のLINEがこれ?

雑っ⋯

予想外すぎて、
混乱して、
なんて返信するのが正解なのか
躊躇していると

「無理?」

追いLINEが続いた。
何が無理なのかよくわかんないけど、
最寄りの駅を送信した。

「40分で迎え行く」



はぁぁぁっっっっ???!!!!!!!!

心の大絶叫とともに、
派手な水しぶき揚げてお風呂から飛び出た。
というより転げ出た。

駅まで8分・・・
いやチャリ飛ばせば5分。

髪乾かしてアイロンして、
メイクして・・・
あぁ手が4本欲しい。
秒で脳内フル回転でタスク整理しながら、
水切りの甘い体でショーツに片足を突っ込んで、

はっとする。
え?まって。パンツこれでいい?

いやいやいやいやいや。
ないないない。
でもでもでも。


下着悩む問題まではタスクに入っていなかった。
凡ミス。脱衣所で3周半ぐるぐる回ってから、
バスタオル巻いて階段を駆け上がる。

お気に入り以上、勝負下着未満。

という曖昧かつ言い訳上手な選択に落ち着き、
今度は階段を駆け下りる。

「せり~!!ばたばたうるさいわよ~」
ママの声に構うタスクは持ち合わせてないので
フルシカト。
聞こえませんアピールで
ドライヤーのスイッチオン。

焦る気持ち
逸る気持ち
期待や不安も織り交ぜて
心臓の音が耳元の近くで聞こえるようだった。

結局、あれしてこれして・・・なんて
大慌てで考えてた割に、
服に悩み
靴に悩み
アイラインもいつもよりうまく引けなくて、
今日に限ってカラコンにすら手こずった。

髪を乾かしてまた階段を駆け上がる通
りすがりに
「マリんち泊りいってくる!!!」
リビングに声を掛ける。

「え~。いまからぁ?」
とママの声がしたけど、
特にそれ以上言ってこないのは
いつものことだと思っているから。

幼馴染だけあって日常茶飯事なのだ。
ありがたいママとマリ。

大慌てに次ぐ大慌てを重ね、
めちゃくちゃダッシュで
チャリをこぐ羽目になった。
でも、きっと史上最速記録が出たはず。

放り捨てるように、
自転車を駐輪場に入れ
ようやくここで、
大きく息を吸い込んで吐く。

落ち着け、私。

2回目の深呼吸で
少しだけ肩がゆるっとなった。

背筋を伸ばしてミュールを軽快にならして歩く。
グルグルとドロドロだった気持ちが
また、どきどきとワクワクに変わる。