恋の囚人番号251107都合いい女

薄暗い惨劇の倉庫を出ると
とんでもない角度で
銀丈くんの車が止まっていた。

エンジンもかかったまま
運転席のドアも開けっ放しだった。

どんだけ急いで来たのか一目瞭然で
私は、ただただ胸が詰まった。


何も言わず私を助手席にそっと下ろすと
何事もなかったように運転席に回った。
ハンドルを握る手は拳が割れている。

「家?学校?…送るよ」

やっぱり…。
俯いていると車は静かに走り出した。

沈黙に耐えられない。
言わないで⋯。

「お互いボロボロだね」
銀丈くんが言おうとしてることわかるから
聞きたくなくて
明るく笑った。

そんな私を見て、目を逸らした銀丈くんは
俯いて言った。


「お前さ、もう来んなよ。俺も呼ばねぇから」


やっぱり、言われた。

「お前が来るとこじゃねーんだよ」


確かに、怖かった。
銀丈くんも。

初めて目の当たりにした
銀丈くんの世界も。

わかってる、でも。
だって⋯。


「邪魔なの?」
「は?…っんで、そーなんだよ」
「私がのこのこついてったから、
こんな目にあったって迷惑なんでしょ」

こんなことがいいたいんじゃないのに。

「どーゆー思考回路だよ。」
銀丈くんの声がわずかに苛立ってきた。
「俺といるから、あーゆー目に合うんだよっ」

「いいもん」
「腰抜かしといて何言ってんだよ。」
「ま、また!銀丈くんが来てくれるもん」

「見たろ?あれが俺の日常」
「見たけど!怖かったけど!銀丈くん助けてくれたもん。」

子どもみたいなことしか言えてないのは
自分でもわかってるけど、
何もできない等身大の私だった。


「お前が来るとこじゃないって⋯
勝手に決めないで」

私を自分勝手に守らないで。
私を自分勝手に手放さないで。

「私がここにいるって決めたの。
いたけりゃいろって言ったじゃん。」

「あっち行けって急に言わないで。」
「言ってないだろ」
矢継ぎ早な私の駄々っ子に
銀丈くんが、今度は困り果ててる。

「どこにも行かない。いきたくない。
銀丈くんと一緒にいる。」


何もできない私の願いはただ一つなんだから。


「お荷物だって思えばいいじゃん。
いいよ。荷物でも。
1個ぐらい持ってよ。銀丈くん力持ちじゃん。」
「なんだそれ、どんな発想だよ。
普通、荷物になりたくねーだろ」

驚きと呆れの混ざった顔をして
着地点のない支離滅裂な私に
途方に暮れていた。

「いいのっ。他に何もできないもん!
銀丈くんの荷物になって、
銀丈くんが怖いこと躊躇するようになればいい」



もう、あんな姿見たくない。


だけど、
銀丈くんはこれからもあの世界に身を置くんだから。
せめて"最悪"の選択をしないよう
踏みとどまれる"何か"に
私はなりたいんだ。


信号が赤になる。

両手をハンドルに乗せ
おでこをつけて俯いた銀丈くんは

「そーゆーの荷物じゃねぇから。」
独り言の様に呟いた。

「大事なもん、って言うんだよ。」


小さな 小さな銀丈くんの呟きに
笑みを手向けてシャツの裾をつかんだ。

「最高だね。
私ずっと銀丈くんのお荷物になりたい」

顔を上げた銀丈くんは
「お前ほんとバカだな⋯最高」

そう言って
シャツを掴んでいた私の腕を引き寄せ
顔を近づけ鼻先が触れた。

唇まであと数ミリ
そっと目を閉じ…

後続のクラクションが派手に鳴った!!

二人して同時に目を開け
まつ毛が触れ合う距離で

笑った。

「知るかっつーんだよな」

銀丈くんは私の頬を痛々しい手で包むと
舌を出して唇を貪った。