恋の囚人番号251107都合いい女

せりをベッドに閉じ込めると
手っ取り早く身支度を済ませ
車のエンジンをかけた。

太客とのアフターに使えるようにと
会員制のbarも系列店で賄っている。
店前に車をつけると黒服が飛んできた。
「お疲れ様です」
ほんと、まじでお疲れ様だっつーんだよ。
車の鍵を放り投げて渡し、そのまま中へ入った。

至るところに高い天井から
水のカーテンが揺らめき
水音とライトで水中にいるかのような店内
奥にある個室へ進むと
ドアボーイが重厚な扉を開けた。

入り口に立つジンが
「お疲れ様です」と一礼して目配せする。

「銀ちゃん!」
甘ったるい鼻声でルナが嬉しそう駆け寄ってきた。

ルナに席を立たれて桜庭は明らかに不満げだった。
「遅ぇよ。銀も飲めよ。」
ルナとは反対側に座っていた女の肩を抱き泥酔した桜庭が横柄な口を聞く。

「遅くなってすみません。今夜はご挨拶だけで。」
淡々と頭を下げた。
「今は時期も悪いですし、
そろそろお開きでお願いします。」
「誰に物言ってんだ、この小僧がっ」

ちっ。
うるせえんだよ。

「ルナこっち来い」
桜庭が苛立って声を荒らげた。
「銀ちゃぁん⋯」
ルナが腕にすり寄って来た。

「こっち来いって言ってんだろ!」
バカラのシャンパングラスが宙を舞いルナを狙った。
咄嗟にルナを背に隠したおかげで
シャンパングラス勢いよく肩に当たって
砕け散った破片が頬をかすめた。
瞬時にジンくが殺気立って駆け寄ろうとする姿が視界の隅に映った。

待て。
制止の手をあげる。


ガタガタッ

桜庭の周りに座る面々が立ち上がった。
桜庭だけが座っていた。

「申し訳ありませんが、今夜はお引き取り下さい。」

これ以上言わせんじゃねーよ、クソが。


「しらけた。帰んぞ。」
不満げな桜庭を筆頭に、
ぞろぞろと無礼な悪態をつきながら退席していく。



部屋が空っぽになると

「銀ちゃん。助けてくれて嬉しい。」
ルナがしなだれて抱きついてきた。
「ね⋯家きて。手当てしてあげる」
身体を密着させ、頬に手を当ててから
首に両腕を回す。
「おい。仕事しねーなら辞めろよ。二度と呼ぶな。」

ったく。どいつもこいつも苛つかせやがって。


「あ、銀。大丈夫か?」
「うっせぇ。帰る」




マンションの駐車場に車を入れると
空が明るくなりかけていた。
ミラーに顔を映すと3cmほどの切り傷が
頬に血の筋を残していた。

思い出すだけでムカつく。




静かに玄関を開けると
着替えもせずに寝室に向かった。
そーっと覗いたドアの向こうには
枕を抱いてせりが寝息を立てていた。

倒れ込むように横になり
後ろから抱きしめると
俺の匂いに混ざったせりの匂いがして、
思わず深く吸い込んだら
一気に落ち着いてきて眠くなった。

「ん⋯」
もぞもぞと寝返りを打つと
「おかえり」
掠れた小声が小さな唇から漏れた。

あぁ
あんなにイライラしてたのに…
もぉ、なんともねーや。
すげーな、なんなのコイツ。

強く抱きしめられ、まつ毛や鼻にキスを受けながら
クスクス笑っていたせりが
急にパチっと目を開ける。

じーっと見ながら

「臭い」

想定外の言葉が出てきた。

「え?」
「女の人の匂いがする」


ルナか。
イチから説明する気力もないし
仕事の話は聞かせたくない。
言葉を探していると
俺を押しのけ、腕からすり抜けていった。

「帰る」
身体を起こし俺に背を向けた。

「んだよ。仕事だって言ったろ」

いろよ、ここに。
は、飲み込んだ。


「仕事のこと教えないくせに、
こーゆー時だけズルい。
夜中急に出かけて
女の人となんかすんのが仕事なの?」

いや。言えねーだろ。
抗争になんかも知れねー時に
ヤクザのおっさん暴れてるから
頭下げてきた、なんて。

「なんもねーけど、色々あんだよ」
なんだそれ。俺だせぇ。
ってか、疲れてイラついてんだから
お前抱いて寝てーんだよ、わかれよ。

「椿さん?」

は?
なんでそーなんだよ。
忘れてたし。

「違うけど」

「好きな人じゃない人とも色々あるって意味わかんない」
せりの声色が尖ってノイズになる。


なんだよ。
さっきの甘い声を聞かせろよ。
お前だけが俺を落ち着かせたのに。

「わかんねーなら帰れよ」

あぁ、なんでこんなこと言ってんだろ俺。
ビクついて細い肩を強張らしてるせりが
俺を拒絶すんから
何言っていいかわかんねーんだ。

他の女なら簡単なのに。


立ち上がるせりは風呂場に消えて
そのまま玄関を出てった。

くそ。またイラつきがぶり返す。