恋の囚人番号251107都合いい女

trrrrrr....。trr
深夜2時を過ぎ携帯が鳴った。

「あぁ。ちょ待って。」
隣で眠るせりを起こさないように
腕枕をそっと外してベッドから出た。

冷蔵庫から冷えたビールを出して
一気に流し込みながら
ソファに体を投げ出してたばこに火をつけた。

「…んで?問題が?」
兄貴が電話してくるってことは、
ろくなことじゃねぇ。
とはいえ、
下手打った覚えもサラサラないんだけどな。

「銀。しばらくガラかわせ」

は?なんで俺が。

「椿をしばらくシンガポールに行かせる」
「剣龍組か?」

兄貴がまとめかけてる一番でかいヤマに
粉かけてきてる奴らの顔が浮かんだ。
暴対法でギッチギチのこのご時世だっつーのに
辺り構わず力ずくな脳筋野郎集団。
「同じ獲物狙ってるからな。」
電話の向こうで兄貴の声がイラついてる。

「椿は兄貴の弱点だから隠しとくってわけかよ。」
「まぁ、そうだな。」
鼻で笑いながらも即答した兄の言葉に
前ほど苦味も苛立ちも感じなくなっていた。
あどけない間抜け面で寝てるであろう
せりの寝顔が浮かんで、知らずに口元がほころぶ。


「俺は護衛かよ」
「そんなとこだ。」
「シンガポールかぁ。仕事あんだけど」
「どこでもできる仕事だろ。今だってどうせ家だろ。」

そりゃそうだけど。

「お前だって俺の弱点なんだよ」
「もう子どもじゃねーんだ。隠れっかよ。」
前の抗争で、ガキだった俺は
外道に攫われかけたのがきっかけでアメリカに行かされた。
まだ20歳にもならない兄貴が
相手の組に乗り込んで、返り血を浴びる姿は
まさに雷鎚家の雷神だと、
叔父貴連中が褒め称えてたっけ。

「椿を頼む。近々発つぞ。」
「あっ、おいッ」

ったく。

局面が動く。
先手を取らなきゃ。
殺られる前に殺る。

気ぃ抜けねぇな。

カチャ⋯

ドアの音にハッと我に返ると
ぶかぶかのTシャツから柔らかい太股を出して
眠そうな顔のせりが立っていた。

ペタペタと歩いて来て隣に座ると
腰に抱きつき胸に顔を乗せた。

「また怖い顔してる」
不安そうな顔で見上げると
すぐにまた胸に顔を預け目を閉じた。

「どこにも行かないで。1人にしちゃヤダ」

話を聞かれた?
いや、まさかな。

髪を撫でおでこに口をつける。
「ここにいんだろ」


俺の弱点…。
ギクリとして
せりの華奢な肩を寄せた。


胸騒ぎがする。




trrrrrr…trrrrrr…

っんだよ。
「はい。」

賑やかな声とBGMが耳障りに流れ込む。
うるせーな。

「あ、銀?悪ぃ。ルナが手つけらんなくってさ〜。」
今夜は地回りに行っているジンからの電話だった。
「捨ててこいよ。その辺に。」
苛つく。

ルナは系列店のナンバーワンホステスだ。
大方、アフターにでも行って騒動を起こしてるんだろう。
知ったことか。

「桜庭さんに絡まれててタチ悪ぃんだよ」
桜庭⋯殷雷組の幹部で、
兄貴を目の敵にしてる奴だ。

面倒見てる店の女に、
ヤクザもんが派手に手を付けられちゃ
後々面倒なのは確かだ。

「ったく。老害だな。」
「ルナも銀じゃなきゃヤダとか抜かしてるから、
ちょっと顔出せよ。」
舌打ちをして電話を切った。


「どこ行くの?」
また不安そうに見上げる顔に
なんの慰めにもならないキスをする。

「仕事」
はぁ~。クソッ

「すぐ帰ってくるから、寝てろよ」
ついでに送ってもよかったけど
なんでかな。
他の選択肢なんて与えなかった。

「⋯ん。お姫様抱っこして。」
物わかりのいい振りして飲み込んでんのわかるから
可愛い駄々こねられるぐらい
なんでもねーや。

お前が笑ってんだけでホッとする。
そんなこと、せりには言わねーけど。