俺は、ずっと椿が好きだった。
椿を好きなまま
他の女を抱くことが当たり前だった。
目の前にいない椿の代わりだったし
気持ちは、椿に置いてきたまんまだから
何も考えず楽しめばいいだけだった。
心と身体は別。だったから。
椿じゃないならみんな同じだと思ってたから。
花火の夜、なし崩し的にアイツを抱いたけど
不安でいっぱいの青ざめた顔で俺の手を掴んだ顔
涙こぼさないよう必死で唇噛んでたあの顔
まとわりつく甘い鳴き声は
どんどん椿がぼやけていくからビビった。
それが嫌じゃやないことにもビビった。
俺らしくなくて
ってか、俺らしくってなんだよ。
後味が悪くて
あれから
連絡もせずにいる。
アイツ…。重いんだよ。
心も体も欲しいなんてさ。
侵食してくんなよ。
調子狂うんだよ。
椿を好きなままでいい、なんて
言うけど
アイツといるとき
椿を思い出さなかったんだ。
アイツが無邪気に笑うから
アイツがこっち向いてないと落ち着かないから
椿を思い出す暇なかったんだ。
どうかしてんな、俺。クソッ。
殷雷組 執行部定例会
錚々たる面々が、
本家と呼ばれる銀丈の父のもとに集まり
会合が行われた。
兄貴と出席した帰り
黒塗りの外国車は首都高を静かに走る。
車の後部座席で、煙草の煙を持て余し
俺は、窓の外を見ていた。
「これから忙しくなるぞ。根回し抜かるなよ。」
兄貴が、隣で声を掛けてきた。
新しい都市開発を巡って、
不穏な動きがある
と、先の会合で報告を受けた件だろ。
わかってんよ。
この案件を片付けたら、
兄貴は殷雷組 直系二次団体の組長を襲名する。
世襲を良く思わない古参のジジィもいるが
雷鎚興業の業績と太いパイプは、
フロント企業の中でも群を抜いていたし、
何より、血筋と、手腕と、カリスマ性で兄貴に勝てる奴はいねぇ。
そんな兄貴からの信頼と期待が嬉しいから
俺もやってやんよ、とは言わねーけど
まぁ、任せとけよ。
「んー?あぁ。」
俺はあえて、気のない返事をして
窓の外見てばかりいた。
ま、ぶっちゃけ、心ここにあらずって感じだけど。
「兄貴、跡目狙うんだろ?」
チラリと見やって聞いた。
「いずれな。」
「ふ~ん。」
気のない返事を返す。
「椿が、妊娠した」
「え?」
いつかはとは思ってたけど…まじか。
「守るもんが増えるから、きっちり代紋背負いてぇんだ」
兄貴の決意表明に
「ふ~ん。」
気のない返事を繰り返したが
「そんなに椿が大事かよ。」
棘のある言い方になる。
「お前も惚れた女ができたら分かんだろ」
全て見透かした笑みを残し、煙草に火をつけた。
「じゃぁ、俺に椿くれよ。」
本心かどうかもわからない思いを兄貴にぶつける。
「お前が美化してる椿はもういないぞ。」
兄貴は呆れた顔で笑った。
煙草の煙を吐き出すと諭すように
「そういうのは、惚れた女じゃなくて
忘れられない女っていうんだよ。」
「終わってんのに、
しがみついて思い出持ち歩いてんから
ごっちゃになってんだ。」
「忘れられない女は、
てめぇ都合で美化されるから永遠だが
一緒に生きてくのは、目の前の女だぞ。」
淡々と続ける兄貴の話に
”目の前の女”
と聞いて
俺はすぐにアイツの顔が浮かんだ。
「兄貴はいんの?忘れられない女」
「俺だって人生の箱ひっくり返せば
甘酸っぱい昔話ぐらいあんだろ。
でも、そのうち思い出せなくなるもんだ。」
いるな。
兄貴の笑う顔を見て確信した。
「椿はやらねーぞ。
あいつは、俺の目の前の女だ」
「わかってるよ」
昔からわかってるよ。
胸の内で反芻した。
「幽霊抱いてオナニーするより
人肌の女とヤッてる方が健全だぞ」
可笑しそうに兄貴が笑う。
「うるせーな。クソ兄貴」
不貞腐れるように返すが、
嫌な気持ちは微塵もない。
ついさっきまで、
ざわついてた心が凪っている。
全部わかってたことだ。
「お前に、酒ぶっ掛けるようなジャジャ馬ぐらいが丁度いいぞ」
「なんで知ってんだよ」
「兄上の情報網なめんなよ」
くそ兄貴。
椿を思い出そうとすると、今も変わらず
心臓の端を掴むような痛みが伴う。
だけど
俺の目の前の女は
椿じゃない。
クルクル表情の変わる
生意気なアイツの顔が鮮明に浮かんだ。
あぁ。会いてぇな。
椿を好きなまま
他の女を抱くことが当たり前だった。
目の前にいない椿の代わりだったし
気持ちは、椿に置いてきたまんまだから
何も考えず楽しめばいいだけだった。
心と身体は別。だったから。
椿じゃないならみんな同じだと思ってたから。
花火の夜、なし崩し的にアイツを抱いたけど
不安でいっぱいの青ざめた顔で俺の手を掴んだ顔
涙こぼさないよう必死で唇噛んでたあの顔
まとわりつく甘い鳴き声は
どんどん椿がぼやけていくからビビった。
それが嫌じゃやないことにもビビった。
俺らしくなくて
ってか、俺らしくってなんだよ。
後味が悪くて
あれから
連絡もせずにいる。
アイツ…。重いんだよ。
心も体も欲しいなんてさ。
侵食してくんなよ。
調子狂うんだよ。
椿を好きなままでいい、なんて
言うけど
アイツといるとき
椿を思い出さなかったんだ。
アイツが無邪気に笑うから
アイツがこっち向いてないと落ち着かないから
椿を思い出す暇なかったんだ。
どうかしてんな、俺。クソッ。
殷雷組 執行部定例会
錚々たる面々が、
本家と呼ばれる銀丈の父のもとに集まり
会合が行われた。
兄貴と出席した帰り
黒塗りの外国車は首都高を静かに走る。
車の後部座席で、煙草の煙を持て余し
俺は、窓の外を見ていた。
「これから忙しくなるぞ。根回し抜かるなよ。」
兄貴が、隣で声を掛けてきた。
新しい都市開発を巡って、
不穏な動きがある
と、先の会合で報告を受けた件だろ。
わかってんよ。
この案件を片付けたら、
兄貴は殷雷組 直系二次団体の組長を襲名する。
世襲を良く思わない古参のジジィもいるが
雷鎚興業の業績と太いパイプは、
フロント企業の中でも群を抜いていたし、
何より、血筋と、手腕と、カリスマ性で兄貴に勝てる奴はいねぇ。
そんな兄貴からの信頼と期待が嬉しいから
俺もやってやんよ、とは言わねーけど
まぁ、任せとけよ。
「んー?あぁ。」
俺はあえて、気のない返事をして
窓の外見てばかりいた。
ま、ぶっちゃけ、心ここにあらずって感じだけど。
「兄貴、跡目狙うんだろ?」
チラリと見やって聞いた。
「いずれな。」
「ふ~ん。」
気のない返事を返す。
「椿が、妊娠した」
「え?」
いつかはとは思ってたけど…まじか。
「守るもんが増えるから、きっちり代紋背負いてぇんだ」
兄貴の決意表明に
「ふ~ん。」
気のない返事を繰り返したが
「そんなに椿が大事かよ。」
棘のある言い方になる。
「お前も惚れた女ができたら分かんだろ」
全て見透かした笑みを残し、煙草に火をつけた。
「じゃぁ、俺に椿くれよ。」
本心かどうかもわからない思いを兄貴にぶつける。
「お前が美化してる椿はもういないぞ。」
兄貴は呆れた顔で笑った。
煙草の煙を吐き出すと諭すように
「そういうのは、惚れた女じゃなくて
忘れられない女っていうんだよ。」
「終わってんのに、
しがみついて思い出持ち歩いてんから
ごっちゃになってんだ。」
「忘れられない女は、
てめぇ都合で美化されるから永遠だが
一緒に生きてくのは、目の前の女だぞ。」
淡々と続ける兄貴の話に
”目の前の女”
と聞いて
俺はすぐにアイツの顔が浮かんだ。
「兄貴はいんの?忘れられない女」
「俺だって人生の箱ひっくり返せば
甘酸っぱい昔話ぐらいあんだろ。
でも、そのうち思い出せなくなるもんだ。」
いるな。
兄貴の笑う顔を見て確信した。
「椿はやらねーぞ。
あいつは、俺の目の前の女だ」
「わかってるよ」
昔からわかってるよ。
胸の内で反芻した。
「幽霊抱いてオナニーするより
人肌の女とヤッてる方が健全だぞ」
可笑しそうに兄貴が笑う。
「うるせーな。クソ兄貴」
不貞腐れるように返すが、
嫌な気持ちは微塵もない。
ついさっきまで、
ざわついてた心が凪っている。
全部わかってたことだ。
「お前に、酒ぶっ掛けるようなジャジャ馬ぐらいが丁度いいぞ」
「なんで知ってんだよ」
「兄上の情報網なめんなよ」
くそ兄貴。
椿を思い出そうとすると、今も変わらず
心臓の端を掴むような痛みが伴う。
だけど
俺の目の前の女は
椿じゃない。
クルクル表情の変わる
生意気なアイツの顔が鮮明に浮かんだ。
あぁ。会いてぇな。
