そのとき、入口で靴音が響いた。


振り返ると、先ほどの軍服の青年が立っていた。


右目の下と顎のほくろ、整った眉毛に筋の通った鼻。


鋭さと優しさを同時に秘めたその眼差しに、目が奪われた。


「しっかりしろ、無理はするなよ」


彼は救護所の入り口に立ったまま、私を見下ろすように言った。


濡れた髪を払い、砂まみれの服を拭きながら、彼の瞳には本気で心配している色が宿っていた。


「…ごめんなさい…」


かすれた声で答え、うつむく。


まだ海の冷たさと恐怖が残っていて体は震える。


「謝ることなんてない。無事でよかったんだ。それだけで十分だ」


その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられるのを感じた。


思わず涙がこぼれそうになるが、なんとか目をそらし、深く息を吸った。


「名前は?」


「清水美緒(しみずみお)、です」


彼は小さく頷き、自己紹介するように言った。


「神谷勇(かみやいさむ)だ。ところで帰るところはあるのか?」


帰る家…


あるはずの建物も、いるはずの人もいないこの世界で、帰るところなんてない。