早朝の澄んだ空気の中を、控えめな風がかすかにラベンダーの香りを漂わせ、セージやタイムが初夏の光を待ちわびています。

 そのハーブの庭園をするりと抜けて、一匹の老猫が、オリーブに囲まれた赤い屋根の家の前で止まり、開かれた窓の縁に飛び乗りました。

「おはようおじいちゃん。今日もいい天気だね」

 そう背後から呼びかけられて、老猫がのんびり振り返ると、オリーブの木々の合間から大きな麦わら帽子をかぶった少年が顔を出し、こちらに笑いかけているのでした。

「おはようスタンレィ。今日は学校に行かないのかね?」

 老猫が尋ねると、少年は麦わら帽子を脱ぎ、大きく頷きました。

「今日はね、ちょっとストライキ。マリエルとお茶しようと思ってケーキを持って来たんだけど、何度呼んでも返事がないんだ」

 返事がないはず無いんだけどね。スタンレィは窓から部屋の中を覗き込みます。そうだねぇ、と老猫も部屋の中を見やりました。

 薄暗い部屋の中、奥にある円いテーブルの上で、うつ伏せになっている人影が見えます。その影が、老猫とスタンレイに気が付き、のっそり、のっそりと二人に近づいてきます。

 今日はおばけの練習なのかな? スタンレイは呟くように言うと、怖がる様子もなくその影が歩み寄るのを見ていました。ゆっくりと前進してきた影は、時間をかけて二人の前にたどり着くと、窓から差し込む緩やかな日差しに照らされて、とんがり帽子のちいさな女の子が姿を現すのでした。

 その女の子は、ぼさぼさになった髪を気にする様子もなく、腫れた瞼で窓の外の二人を見つめ、それから兎のように赤い瞳をさらに赤くしたように充血させて涙を零しました。

「どうしたねマリエル。悪い夢でも見たのかね」

 老猫がそう尋ねても、マリエルと呼ばれたその女の子は何も答えず、ただボロボロと涙をこぼすだけです。

「えっと、ケーキ食べる?」

 首をかしげながら、スタンレイが言いました。マリエルはというと、今度は顔を両手でおおい、わっと声を上げて泣き始めたではありませんか。

 スタンレィと老猫は顔を見合わせ、とにかく泣いている理由を話すようマリエルに言いました。

「今までどうやって魔法を使っていたのか思い出せないの」

 老猫とスタンレイは顔を見合わせ、それからマリエルを見ました。

「えっと、つまり、魔法が使えなくなったの?」