瑛菜との同棲生活は、静かな波のように日々が流れていく。
　ある日曜日の朝、珍しく二人とも予定がなく、キッチンには小さな音が響く。焼き立てのトースト、瑛菜が淹れるコーヒー。その香りに、蒼海はなんとなく「ただいま」とつぶやいた。

　「えっ、朝なのに？」
　瑛菜の笑い声が軽やかに跳ねる。
　「癖になりそう、瑛菜の家なのにね」

　「ここ、蒼海の家でもあるよ」と、瑛菜が小さくつぶやいた。その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。

　午前中は部屋で穏やかに読書。
　蒼海は時々ページの隙間から瑛菜を盗み見ては、彼女の無防備な寝顔や、ふとした仕草が愛おしくなる自分を自覚する。心の奥で、誰にも見せなかった感情が、静かに根を張っていく。

　昼過ぎ、近くのスーパーまで二人で買い物に出かける。
　瑛菜が食材を選び終わるまで、蒼海はずっと隣に立つだけ。それでも心地よい沈黙が流れ、「瑛菜といると、ちゃんと自分でいられる」と思えた。

　帰り道、瑛菜が言う。
　「蒼海って、昔よりちょっと話してくれるようになった」
　「……そうかな」
　「うん、私嬉しいよ」

　夕食は一緒に作ったオムライス。ケチャップで「ありがとう」と書いて、ふたりで大笑いする。

　食後、ソファで並んでいると、瑛菜がポツリとつぶやく。
　「ずっと一緒にいたいな」
　答えが出せなくて、蒼海は隣で手を探す。そして静かに指を絡める。

　変わり始めた自分を、少し誇らしく思えた。
　大切な人と過ごす日々――この暮らしがずっと続きますようにと、初めて願う。