月影に咲く、偽りの君

 制服のネクタイを締めながら、柊紗月は鏡の中の“自分”を見つめた。

 短く整えた髪。中性的な顔立ち。男子制服の肩に違和感はもうない。
 今日から彼女は「柊颯月」として、学園に通う。

 「……完璧。少なくとも、見た目はね」

 呟いた声は低く、抑えられていた。
 この姿でいる限り、誰も“柊家の次期当主”だとは気づかない。
 誰も、彼女が“女”だとは思わない。

 ――普通の生活がしたい。

 それは、紗月がずっと願ってきたことだった。
 式神の訓練も、結界術の修練も、家の者の監視もない日々。
 ただ、教室で笑って、昼休みにパンを選んで、放課後に友達と話す。
 そんな、当たり前の青春。

 けれど。

 玄関を開けた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
 風に混じって、微かな“気配”が漂う。

 ――あやかし。

 紗月は立ち止まり、目を細めた。
 見えないはずのものが、見える。
 封じたはずの力が、ざわめく。

 「……初日から、騒がしいわね」

 彼女は歩き出す。
 颯月としての一日が始まる。
 けれど、平穏な日常は、まだ遠い。